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8話 鬼の切り込み隊長
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「このままではみんな死んでしまいます……」
息を荒げて彼はそう言った。死んでしまうとは穏やかじゃないわね。
「とにかく来てください!」
そう言う新兵に連れられて、私とザールさんはポーションを詰めたバッグと辞典を持って教練場に向かった。そしてそこでとんでもないものを私達は見た。
「いいかーっ! お前らは気合いが足らんのだ!」
「ひいいいっ!」
教練場の隣の庭園の噴水が異常な強さで吹き上がっている。その下で半裸の男達が水に打たれていた。そう……滝行みたいに。
「噴水が壊れます! 隊長!」
「うるさい!」
「せめて氷の魔石を取ってください! 冷たすぎますぅうう!」
「口答えをするな! 我々は雪の山でも氷の湖でも魔物と戦わねばならん! この程度で泣き言を言うな!」
そのど真ん中で自ら水を浴びながら大声で兵士をどやしつけているのは、赤毛のマッチョな男性だ。彼は……確かフレデリック殿下にブライアンと呼ばれていた。
「……まったく、無茶をして」
ザールさんはガウンのポケットから赤い石を取り出して、手に乗せた。石が赤く輝きはじめる。そしてそれを噴水の池に放り込んだ。やがてもわもわと湯気が立ちはじめる。
「火の魔石です」
そしてトコトコと池の反対側に回ると水を止めた。
「ふわ~、あったかい……」
地獄の滝行から急に湯船のようになった庭園の池で、凍えていた兵士達の紫色の顔色に赤みがさしていく。
「邪魔をするなザール!」
「……卿は馬鹿ですか? ブライアン隊長」
「馬鹿とはなんだ」
「部下の兵士を大事に出来ないのは馬鹿です。あと、回復術師として言わせて貰えば体を粗末に扱うのはもっと馬鹿です」
ザ、ザールさん……結構ずかずか言うなぁ。確かこの人切り込み隊長とか言われていたような。
「馬鹿馬鹿言うな……へっくしゅ!」
「ほら、無茶するから」
「へっくしゅ! これは違う、朝からこうなんだ。なんだかくしゃみとだるさが……ごほっ!」
あれ? 風邪? でもこれはもしかして……私はブライアンさんに近づいた。
「あの、ちょっとおでこ見せてください」
「俺の頭はどうにもなってない!」
「そうじゃなくて……失礼しますよ。……熱っ!?」
触れただけで熱があるのが分かった。これ、四十度近くあるんじゃないかしら。
「もしかして咳やくしゃみの他に体の節々が痛かったりしません?」
「ん……しかしこの程度はなんともない。ちょっと風邪っぽいだけだろう」
痛みはあるのね、これは……もしかしてインフルエンザ? だとしたら訓練をしている場合ではない。なんでこんなに詳しいかっていうと私もちょっと前に罹ったばっかりだったから。
「治療しましょう。これは風邪じゃないかもです。……死者も出るような病気です。あなたは平気でも、周りに感染ったら魔物が出てきても対応できません!」
「しかし……」
それでもブライアンさんは治療を受ける事を渋った。するとザールさんがその襟首をむんずと掴んでこっちを振り返った。
「真白さん。この馬鹿は私が説教しておくので、救護棟であなたのポーションを作って下さい」
「はい……」
ザールさん、完全に目が笑っていない。私はその表情に苦笑いしながら、救護棟に戻った。
「ふう……」
救護棟の建物に入るとしっかりとドアを閉めて、私は辞典を広げた。
「リベリオ、あれはインフルよね? こっちの病気が一緒か分からないけど」
『インフル……』
「流行性感冒」
『ああ、そうだな。風邪ではない』
言い方を変えたらリベリオにも通じたようだ。病気も植物と同じ様な感じって考えていいのかしら。
「だったらインフルエンザには、ウィルスの繁殖を防ぐ……『カレンデュラとセージとエルダーフラワー』のチンキを」
『承知した』
光とともに、スポイト付きの容器に入った瓶が現れた。この場合は即効性のより高いチンキの方がいいだろう。
「さて……」
私がドアを開くとそこにはザールさんと着替えてしょんぼりとして立っているブライアンさんが立っていた。
「あ、薬できたんで入ってください」
二人を招き入れて、ブライアンさんには椅子にかけて貰った。
「では口を開けて」
「……嫌だ」
えー、この後に及んでまだ治療を拒否するの……?
「その薬……絶対苦いだろ」
「えっ」
「苦いのは嫌だ! 薬など要らんくらいに俺は鍛えてる!」
そんな理由? 私が戸惑ってザールさんをチラリと見ると黙ってコクリと頷いてテーブルの上のポットを手にした。そこに入っていたのは角砂糖。
「これなら飲めるでしょう」
ザールさんは角砂糖に数滴チンキをたらして問答無用でブライアンさんの口に放り込んだ。
「……これでも苦い」
ブライアンさんは不服そうだ。子供じゃないんだから、と私は呆れた。
「お、おお……? 頭も痛くないしだるくない」
早速効果が現れたようだ。本当に規格外の効き目だわ。
「それでは数日間は部屋でじっとしていてください」
「は? もう治った。訓練に戻る」
「あのですね……体は大丈夫になってもまだ人に感染す状態なんです」
「む……」
ウィルスがどうなってるかなんて確かめ様がないから多分だけど、用心に越したこと
はないだろう。しかしブライアン卿はどうも納得していないようだった。するとザールさんはおもむろに口を開いた。
「私はルベルニア王国の騎士団の専属救護係です。つまりは殿下から兵士の体を預かっている身です。卿がどうしてもその体で出歩くというのでしたら……殿下にお伝えせねば」
「わかった! 三日は自宅で療養する!」
「五日です」
「……わかった」
ふう、これで騎士団内にインフルエンザが蔓延するような事は避けられた。ブライアンさんがザールさんに自宅に連行されている間に、私は先程のカレンデュラとセージとエルダーフラワーでハーブティを作った。滝行させられていた人もいるし、予防に飲んで貰おう。
「みなさーん!」
「ああ、真白様!!」
私の姿を見つけた兵士達が駆け寄って来る。
「様はいりませんって!」
「……真白さん、隊長はどうなりましたか?」
「病気は治りました。念の為五日間自宅療養です」
「ええっ……あの隊長が……」
兵士達は腰を抜かした。ですよね。しかも薬を飲みたくないと駄々をこねていた事は胸にそっとしまっておこう。
「あんな丈夫そうな人でも病気になる時はなるんです。さー、皆さんも予防の為にこのハーブティーを飲んでくださいね」
「はいっ」
なによ、兵士達の方がよっぽど聞き分けがいいじゃない。私は空になったポットを下げて救護棟に戻った。
「おかえり、どこにいってたんですか」
「あ、ザールさん。兵士さん達に予防の為にハーブティを差し入れてました。早かったですね」
「ああ、彼は近頃この騎士団のすぐ側の部屋を使っているから。緊急時にもすぐに動けるようにね」
「へぇ……」
常在戦場を実戦しているという訳か、彼もまだ若い男性なのに。
「この所、どういう訳か多いんです。王国騎士団が出なければならないような大型の魔物が出てくる事がね。彼がピリピリしているのもそのせいです」
「ザールさん、随分親しそうでしたね」
「ああ、幼馴染みなんです。一緒に剣を習ってたんだけど私はかっらきしでした。剣の腕は立つし度胸もある、使命感も強い……ただ……」
「ああ……」
ちょっと接しただけでも分かる。脳みそが筋肉というか……出来過ぎちゃって他人がなんでできないのか分からないタイプだ。
「向こうは騎士爵、私はただの回復術師。本来口を出す立場じゃないのは分かってますが、誰かが止めるときは止めないとね」
「いいんじゃないですか、ザールさんは正しいと思いますよ。私の国には貴族制度はなかったし、健康に関わる事なら言って当然です」
「……そうですか」
ザールさんはちょっと嬉しそうに頬を掻いた。
息を荒げて彼はそう言った。死んでしまうとは穏やかじゃないわね。
「とにかく来てください!」
そう言う新兵に連れられて、私とザールさんはポーションを詰めたバッグと辞典を持って教練場に向かった。そしてそこでとんでもないものを私達は見た。
「いいかーっ! お前らは気合いが足らんのだ!」
「ひいいいっ!」
教練場の隣の庭園の噴水が異常な強さで吹き上がっている。その下で半裸の男達が水に打たれていた。そう……滝行みたいに。
「噴水が壊れます! 隊長!」
「うるさい!」
「せめて氷の魔石を取ってください! 冷たすぎますぅうう!」
「口答えをするな! 我々は雪の山でも氷の湖でも魔物と戦わねばならん! この程度で泣き言を言うな!」
そのど真ん中で自ら水を浴びながら大声で兵士をどやしつけているのは、赤毛のマッチョな男性だ。彼は……確かフレデリック殿下にブライアンと呼ばれていた。
「……まったく、無茶をして」
ザールさんはガウンのポケットから赤い石を取り出して、手に乗せた。石が赤く輝きはじめる。そしてそれを噴水の池に放り込んだ。やがてもわもわと湯気が立ちはじめる。
「火の魔石です」
そしてトコトコと池の反対側に回ると水を止めた。
「ふわ~、あったかい……」
地獄の滝行から急に湯船のようになった庭園の池で、凍えていた兵士達の紫色の顔色に赤みがさしていく。
「邪魔をするなザール!」
「……卿は馬鹿ですか? ブライアン隊長」
「馬鹿とはなんだ」
「部下の兵士を大事に出来ないのは馬鹿です。あと、回復術師として言わせて貰えば体を粗末に扱うのはもっと馬鹿です」
ザ、ザールさん……結構ずかずか言うなぁ。確かこの人切り込み隊長とか言われていたような。
「馬鹿馬鹿言うな……へっくしゅ!」
「ほら、無茶するから」
「へっくしゅ! これは違う、朝からこうなんだ。なんだかくしゃみとだるさが……ごほっ!」
あれ? 風邪? でもこれはもしかして……私はブライアンさんに近づいた。
「あの、ちょっとおでこ見せてください」
「俺の頭はどうにもなってない!」
「そうじゃなくて……失礼しますよ。……熱っ!?」
触れただけで熱があるのが分かった。これ、四十度近くあるんじゃないかしら。
「もしかして咳やくしゃみの他に体の節々が痛かったりしません?」
「ん……しかしこの程度はなんともない。ちょっと風邪っぽいだけだろう」
痛みはあるのね、これは……もしかしてインフルエンザ? だとしたら訓練をしている場合ではない。なんでこんなに詳しいかっていうと私もちょっと前に罹ったばっかりだったから。
「治療しましょう。これは風邪じゃないかもです。……死者も出るような病気です。あなたは平気でも、周りに感染ったら魔物が出てきても対応できません!」
「しかし……」
それでもブライアンさんは治療を受ける事を渋った。するとザールさんがその襟首をむんずと掴んでこっちを振り返った。
「真白さん。この馬鹿は私が説教しておくので、救護棟であなたのポーションを作って下さい」
「はい……」
ザールさん、完全に目が笑っていない。私はその表情に苦笑いしながら、救護棟に戻った。
「ふう……」
救護棟の建物に入るとしっかりとドアを閉めて、私は辞典を広げた。
「リベリオ、あれはインフルよね? こっちの病気が一緒か分からないけど」
『インフル……』
「流行性感冒」
『ああ、そうだな。風邪ではない』
言い方を変えたらリベリオにも通じたようだ。病気も植物と同じ様な感じって考えていいのかしら。
「だったらインフルエンザには、ウィルスの繁殖を防ぐ……『カレンデュラとセージとエルダーフラワー』のチンキを」
『承知した』
光とともに、スポイト付きの容器に入った瓶が現れた。この場合は即効性のより高いチンキの方がいいだろう。
「さて……」
私がドアを開くとそこにはザールさんと着替えてしょんぼりとして立っているブライアンさんが立っていた。
「あ、薬できたんで入ってください」
二人を招き入れて、ブライアンさんには椅子にかけて貰った。
「では口を開けて」
「……嫌だ」
えー、この後に及んでまだ治療を拒否するの……?
「その薬……絶対苦いだろ」
「えっ」
「苦いのは嫌だ! 薬など要らんくらいに俺は鍛えてる!」
そんな理由? 私が戸惑ってザールさんをチラリと見ると黙ってコクリと頷いてテーブルの上のポットを手にした。そこに入っていたのは角砂糖。
「これなら飲めるでしょう」
ザールさんは角砂糖に数滴チンキをたらして問答無用でブライアンさんの口に放り込んだ。
「……これでも苦い」
ブライアンさんは不服そうだ。子供じゃないんだから、と私は呆れた。
「お、おお……? 頭も痛くないしだるくない」
早速効果が現れたようだ。本当に規格外の効き目だわ。
「それでは数日間は部屋でじっとしていてください」
「は? もう治った。訓練に戻る」
「あのですね……体は大丈夫になってもまだ人に感染す状態なんです」
「む……」
ウィルスがどうなってるかなんて確かめ様がないから多分だけど、用心に越したこと
はないだろう。しかしブライアン卿はどうも納得していないようだった。するとザールさんはおもむろに口を開いた。
「私はルベルニア王国の騎士団の専属救護係です。つまりは殿下から兵士の体を預かっている身です。卿がどうしてもその体で出歩くというのでしたら……殿下にお伝えせねば」
「わかった! 三日は自宅で療養する!」
「五日です」
「……わかった」
ふう、これで騎士団内にインフルエンザが蔓延するような事は避けられた。ブライアンさんがザールさんに自宅に連行されている間に、私は先程のカレンデュラとセージとエルダーフラワーでハーブティを作った。滝行させられていた人もいるし、予防に飲んで貰おう。
「みなさーん!」
「ああ、真白様!!」
私の姿を見つけた兵士達が駆け寄って来る。
「様はいりませんって!」
「……真白さん、隊長はどうなりましたか?」
「病気は治りました。念の為五日間自宅療養です」
「ええっ……あの隊長が……」
兵士達は腰を抜かした。ですよね。しかも薬を飲みたくないと駄々をこねていた事は胸にそっとしまっておこう。
「あんな丈夫そうな人でも病気になる時はなるんです。さー、皆さんも予防の為にこのハーブティーを飲んでくださいね」
「はいっ」
なによ、兵士達の方がよっぽど聞き分けがいいじゃない。私は空になったポットを下げて救護棟に戻った。
「おかえり、どこにいってたんですか」
「あ、ザールさん。兵士さん達に予防の為にハーブティを差し入れてました。早かったですね」
「ああ、彼は近頃この騎士団のすぐ側の部屋を使っているから。緊急時にもすぐに動けるようにね」
「へぇ……」
常在戦場を実戦しているという訳か、彼もまだ若い男性なのに。
「この所、どういう訳か多いんです。王国騎士団が出なければならないような大型の魔物が出てくる事がね。彼がピリピリしているのもそのせいです」
「ザールさん、随分親しそうでしたね」
「ああ、幼馴染みなんです。一緒に剣を習ってたんだけど私はかっらきしでした。剣の腕は立つし度胸もある、使命感も強い……ただ……」
「ああ……」
ちょっと接しただけでも分かる。脳みそが筋肉というか……出来過ぎちゃって他人がなんでできないのか分からないタイプだ。
「向こうは騎士爵、私はただの回復術師。本来口を出す立場じゃないのは分かってますが、誰かが止めるときは止めないとね」
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