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18話 珍客
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「おはようございます!」
「おはようございます」
翌日私は早めに救護棟に出勤したのだけど、ザールさんはすでに居た。一体いつ来ているんだろう。
「では宣言通り、今日は私はのんびりさせて貰いますね」
ザールさんはいくつかの本を片手に応急用のベッドに腰掛けた。
「はい、私に任せてください」
とは言ったものの、ザールさんの持っているのは回復魔法の専門書じゃないの? 真面目だなぁ……まあいいか。
「さぁ、開店ですっ」
私は気合いを入れてカーテンを開いた。そして外に出てローズマリーの様子を見る。植木鉢から植え替えたそれは順調に成長しているみたい。土が乾いていたので水をやる。見た感じは普通のローズマリーだ。切り取っても大丈夫なくらいに成長したら、また効果測定をしてみないと。
「……それはなんだい?」
「え?」
かがんでローズマリーを見ていた私はふいに頭の上から降って来た声に顔を上げた。そこには短い金髪に青い眼をした三十手前くらいの男性が立っていた。
「ええと……異国の薬草です。試験的に植えてみてまして……」
「ふーん」
そう言いながらその男性はたいしてローズマリーを見る訳でもなく、じっと私を見つめてくる。
「あ、あの……じゃあ仕事がありますんで」
「うんうん」
私はちょっと気まずくなって目をそらす。そして救護棟の中に退散しようとした。すると、その男性が後をついてくる。え、ちょっと怖い。
「あのっ、ここは怪我をしたり病気したりした兵士がくる所なんですけど」
「……そうか。では喉が痛い」
「ええ……?」
私はその男性をじっくり観察した。鎧は着ていない。他の兵士のように軽装ではなく、私から見てもしっかりした生地と仕立ての良いシャツ上着を着ていた。……貴族の人かな?
「あの、そしたら診療棟の方に行かれては……?」
王宮の中央の方にはそこに住まう貴族や従業員の行く診療棟がある。ここは王宮のはずれで、遠回りまでしてわざわざ喉の痛みの為に来るような所じゃない。
「頭も痛い気がするな」
「……」
ところがその男性はにこにこしながらそう付け加えた。もう……じゃあ、とっとと治療してお帰りいただこう。
「では良く効くハーブティをお出しするので……お入りください」
「悪いね」
ちっとも悪いと思って無さそうだけど……。私はそう思いながらハーブティの調合をする事にした。
「喉の痛みはどんなですか、咳はありますか?」
「いや、チクチクして時々枯れる」
「炎症ですかね……では頭痛は? 目をよく使ったり肩が凝ったりしてます?」
「ああ、机で書き物が多いから」
「では血行不良……ね」
私は棚から『マロウブルー』と『カモミール』『ローズマリー』を取り出す。マロウブルーは粘膜の保護に良く、カモミールは痛みを緩和してローズマリーは血行を促してくれる。
「はいどうぞ。飲みにくかったらこちらの蜂蜜を加えてくださいね」
「ああ、ではいただこう」
そう言いながら、男性はハーブティを飲んだ。
「これは……」
「良く効くでしょう?」
私のハーブティは低級ポーションレベルの効果らしいから、軽い症状ならこれで治ってしまう。
「机仕事でも時々水分補給と軽く体を動かす事を忘れないでくださいね。あと、これはさっきのブレンドハーブティーですのでつらくなったら飲んでください」
「あ、ああ……」
私がハーブティーを小分けにガーゼにパックしたものを押しつけると、その男性はちょっとポカンとしてそれを受け取った。
「……本当に仕事しているんだな」
「ん? そうですよ?」
あ、もしかしてただの助手だと思ってたのかな。
「失礼した。私はオースティン……」
男性はぺこりと頭を下げた。その途端に後ろの部屋からガタガタッと音がした。
「ザールさん……?」
振り向くと、ベッドでごろごろ本を読んでいたはずのザールさんが腰を抜かしそうな顔をして仕切りに縋り付いていた。
「殿下……?」
殿下? この人はフレデリック殿下じゃないわよ。
「オースティン殿下……なぜここに……」
「やあ」
「んんん?」
「真白さん、第一王子のオースティン王太子殿下ですよ!!」
「ええっ」
私は目の前の男性をよく観察した。短髪でより男っぽい印象だけど、ああ、フレデリック殿下と髪の色も目の色も良く似ている。……という事は、私未来の国王様を不審者扱いしちゃったって事!?
「も、申し訳ありません……!!」
「いやいや、かまわん。私も試す様なことをして済まなかった」
オースティン殿下は笑って答えた。
「フレデリックが戦場から連れてかえった娘を東の離れに住まわせていると聞いて見に行ったらここで働いてると聞いてな。にわかに信じがたいと思ってしまった。すまぬ」
「そうなんですか……フレデリック殿下には良くしていただいています」
「ほう……」
オースティン殿下は興味深げに顎を撫でた。
「詳しく聞きたい所だな……だが、そろそろ追手が来そうだ」
「追手……?」
私が首を傾げた途端、救護棟の扉がバーンと勢い良く開け放たれた。
「兄上ーっ!!!!」
それはフレデリック殿下だった。額に汗を滲ませて息をはぁはぁと荒げて、オースティン殿下を睨み付けている。
「公務を放り出して何をしているんですか。騎士団にまで捜索依頼が来ましたよ!」
「まぁカリカリするな……ただの気分転換だ」
オースティン殿下は微笑みながらフレデリック殿下の肩を叩いた。
「それにしても、白薔薇の館に住まわせていると聞いたからどんな……」
「兄上っ!」
フレデリック殿下がオースティン殿下の口を無理矢理塞いだ。
「白薔薇の館……?」
「おや、知らないのかい? 君が住んでいるのは先王の寵姫が使っていた離れでね」
実に楽しそうにオースティン殿下は首を傾げる私に説明してくれた。ええ……王宮だからどの部屋でも立派なのかと思ってたんだけど、だからあんなスイートルームみたいだったのか……。
「ま、宮廷のうるさい雀の噂話には注意するのだな、ははは」
「その筆頭は兄上ではないですか! とっと仕事に戻ってください」
「はいはい。怖い弟だ」
オースティン殿下はぐいぐいとフレデリック殿下に背中を押されながら扉に向かった。
「では、また……真白殿」
軽く手を振ってオーティン殿下は去っていった。はぁ……まるで台風みたい。窓を覗くと外に押し出されたオースティン殿下はフレデリック殿下が連れてきた兵士達に連行されていた。
「フレデリック殿下のお兄様だったんですね、びっくりした……」
「真白! 兄上の言う事なんて聞かなくていいから」
「え、あ……はい……」
ああ、先王の寵姫がどうのこうのってやつか。そんな前の事言われてもって感じだけど。
「いや、その……白薔薇の館は長く誰も使ってなかっただけだし……その……真白が気になるなら代わりを探すが……」
「いえ、殿下のお気に入りの場所だったんですよね。わざわざそこを貸して下さったんですから」
「そ、そうか……」
「殿下も今度遊びに来て下さい。おもてなしします!」
「あ、ああ……」
殿下はちょっとほっとした顔をして頷いた。そうだ梅干しはまだまだだけど梅ジャムならすぐ出来る。庭園のいらない花の実が材料だって知ったらきっとびっくりするだろうな。
「楽しみにしてますね」
私はそう言って、訓練に戻るフレデリック殿下に手を振った。
「はぁ……まったく心臓に悪い……」
その後ろで必死に存在感を消していたザールさんはようやく息を吐いた。
「おはようございます」
翌日私は早めに救護棟に出勤したのだけど、ザールさんはすでに居た。一体いつ来ているんだろう。
「では宣言通り、今日は私はのんびりさせて貰いますね」
ザールさんはいくつかの本を片手に応急用のベッドに腰掛けた。
「はい、私に任せてください」
とは言ったものの、ザールさんの持っているのは回復魔法の専門書じゃないの? 真面目だなぁ……まあいいか。
「さぁ、開店ですっ」
私は気合いを入れてカーテンを開いた。そして外に出てローズマリーの様子を見る。植木鉢から植え替えたそれは順調に成長しているみたい。土が乾いていたので水をやる。見た感じは普通のローズマリーだ。切り取っても大丈夫なくらいに成長したら、また効果測定をしてみないと。
「……それはなんだい?」
「え?」
かがんでローズマリーを見ていた私はふいに頭の上から降って来た声に顔を上げた。そこには短い金髪に青い眼をした三十手前くらいの男性が立っていた。
「ええと……異国の薬草です。試験的に植えてみてまして……」
「ふーん」
そう言いながらその男性はたいしてローズマリーを見る訳でもなく、じっと私を見つめてくる。
「あ、あの……じゃあ仕事がありますんで」
「うんうん」
私はちょっと気まずくなって目をそらす。そして救護棟の中に退散しようとした。すると、その男性が後をついてくる。え、ちょっと怖い。
「あのっ、ここは怪我をしたり病気したりした兵士がくる所なんですけど」
「……そうか。では喉が痛い」
「ええ……?」
私はその男性をじっくり観察した。鎧は着ていない。他の兵士のように軽装ではなく、私から見てもしっかりした生地と仕立ての良いシャツ上着を着ていた。……貴族の人かな?
「あの、そしたら診療棟の方に行かれては……?」
王宮の中央の方にはそこに住まう貴族や従業員の行く診療棟がある。ここは王宮のはずれで、遠回りまでしてわざわざ喉の痛みの為に来るような所じゃない。
「頭も痛い気がするな」
「……」
ところがその男性はにこにこしながらそう付け加えた。もう……じゃあ、とっとと治療してお帰りいただこう。
「では良く効くハーブティをお出しするので……お入りください」
「悪いね」
ちっとも悪いと思って無さそうだけど……。私はそう思いながらハーブティの調合をする事にした。
「喉の痛みはどんなですか、咳はありますか?」
「いや、チクチクして時々枯れる」
「炎症ですかね……では頭痛は? 目をよく使ったり肩が凝ったりしてます?」
「ああ、机で書き物が多いから」
「では血行不良……ね」
私は棚から『マロウブルー』と『カモミール』『ローズマリー』を取り出す。マロウブルーは粘膜の保護に良く、カモミールは痛みを緩和してローズマリーは血行を促してくれる。
「はいどうぞ。飲みにくかったらこちらの蜂蜜を加えてくださいね」
「ああ、ではいただこう」
そう言いながら、男性はハーブティを飲んだ。
「これは……」
「良く効くでしょう?」
私のハーブティは低級ポーションレベルの効果らしいから、軽い症状ならこれで治ってしまう。
「机仕事でも時々水分補給と軽く体を動かす事を忘れないでくださいね。あと、これはさっきのブレンドハーブティーですのでつらくなったら飲んでください」
「あ、ああ……」
私がハーブティーを小分けにガーゼにパックしたものを押しつけると、その男性はちょっとポカンとしてそれを受け取った。
「……本当に仕事しているんだな」
「ん? そうですよ?」
あ、もしかしてただの助手だと思ってたのかな。
「失礼した。私はオースティン……」
男性はぺこりと頭を下げた。その途端に後ろの部屋からガタガタッと音がした。
「ザールさん……?」
振り向くと、ベッドでごろごろ本を読んでいたはずのザールさんが腰を抜かしそうな顔をして仕切りに縋り付いていた。
「殿下……?」
殿下? この人はフレデリック殿下じゃないわよ。
「オースティン殿下……なぜここに……」
「やあ」
「んんん?」
「真白さん、第一王子のオースティン王太子殿下ですよ!!」
「ええっ」
私は目の前の男性をよく観察した。短髪でより男っぽい印象だけど、ああ、フレデリック殿下と髪の色も目の色も良く似ている。……という事は、私未来の国王様を不審者扱いしちゃったって事!?
「も、申し訳ありません……!!」
「いやいや、かまわん。私も試す様なことをして済まなかった」
オースティン殿下は笑って答えた。
「フレデリックが戦場から連れてかえった娘を東の離れに住まわせていると聞いて見に行ったらここで働いてると聞いてな。にわかに信じがたいと思ってしまった。すまぬ」
「そうなんですか……フレデリック殿下には良くしていただいています」
「ほう……」
オースティン殿下は興味深げに顎を撫でた。
「詳しく聞きたい所だな……だが、そろそろ追手が来そうだ」
「追手……?」
私が首を傾げた途端、救護棟の扉がバーンと勢い良く開け放たれた。
「兄上ーっ!!!!」
それはフレデリック殿下だった。額に汗を滲ませて息をはぁはぁと荒げて、オースティン殿下を睨み付けている。
「公務を放り出して何をしているんですか。騎士団にまで捜索依頼が来ましたよ!」
「まぁカリカリするな……ただの気分転換だ」
オースティン殿下は微笑みながらフレデリック殿下の肩を叩いた。
「それにしても、白薔薇の館に住まわせていると聞いたからどんな……」
「兄上っ!」
フレデリック殿下がオースティン殿下の口を無理矢理塞いだ。
「白薔薇の館……?」
「おや、知らないのかい? 君が住んでいるのは先王の寵姫が使っていた離れでね」
実に楽しそうにオースティン殿下は首を傾げる私に説明してくれた。ええ……王宮だからどの部屋でも立派なのかと思ってたんだけど、だからあんなスイートルームみたいだったのか……。
「ま、宮廷のうるさい雀の噂話には注意するのだな、ははは」
「その筆頭は兄上ではないですか! とっと仕事に戻ってください」
「はいはい。怖い弟だ」
オースティン殿下はぐいぐいとフレデリック殿下に背中を押されながら扉に向かった。
「では、また……真白殿」
軽く手を振ってオーティン殿下は去っていった。はぁ……まるで台風みたい。窓を覗くと外に押し出されたオースティン殿下はフレデリック殿下が連れてきた兵士達に連行されていた。
「フレデリック殿下のお兄様だったんですね、びっくりした……」
「真白! 兄上の言う事なんて聞かなくていいから」
「え、あ……はい……」
ああ、先王の寵姫がどうのこうのってやつか。そんな前の事言われてもって感じだけど。
「いや、その……白薔薇の館は長く誰も使ってなかっただけだし……その……真白が気になるなら代わりを探すが……」
「いえ、殿下のお気に入りの場所だったんですよね。わざわざそこを貸して下さったんですから」
「そ、そうか……」
「殿下も今度遊びに来て下さい。おもてなしします!」
「あ、ああ……」
殿下はちょっとほっとした顔をして頷いた。そうだ梅干しはまだまだだけど梅ジャムならすぐ出来る。庭園のいらない花の実が材料だって知ったらきっとびっくりするだろうな。
「楽しみにしてますね」
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