魔法の薬草辞典の加護で『救国の聖女』になったようですので、イケメン第二王子の為にこの力、いかんなく発揮したいと思います

高井うしお

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19話 ホーステイル

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 それから三日。まだ騎士団の帰還の知らせはない。その間、私とザールさんはただ淡々と兵士達の手当をしていくしかなかった。

「はぁあああ……」
「真白さん、もどかしいのは分かりますが」
「すみません、ザールさん……」

 ああ、つい大きなため息が出てしまった。いけない。幸せが逃げてしまう。

「で、それは一体何を……」

 ザールさんが戸惑いの目で私を見ている。私は黙々と梅干しの壺に塩を揉み込んだ紫蘇を漬け込んでいる。塩でしみ出した紫蘇の水分はここでしっかりと絞ってアクを出す。

「これが庭園からいただいたリームの実の漬け物です。このあと二~三週間この紫蘇と一緒に漬けたら日当たりのいいところで干します。ここの薬草畑の前がいいかなと思って」
「へぇ……手がかかるんですねぇ……」
「なんかしてないと落ち着かないのは性分ですね……気がかりな事があると手を動かしてしまうんです」
「それは私も一緒ですよ」

 かく言うザールさんもずっと屋内で兵士さんに配るデオドラントパウダーを量産していた。今度は携帯性と使いやすさを考えて、おしろいの容器を納入したそうだ。
 それらはいつでも渡せるようにきっちり箱にしまってある。

「……ザールさん! 真白さん!」
「あ、患者のようです」

 扉の向こうから聞こえた兵士の声に私とザールさんは顔を上げた。

「すまない……ちょっとしくじった」

 それは脂汗をかきながら足を引きずったフレデリック殿下だった。肩を貸していた兵士が慌てて私達に頭を下げる。

「申し訳ありません、私の訓練用の木剣が当たってしまって……」

 そんな申し訳なさそうな兵士を診察用の丸いすに座ったフレデリック殿下は手で制した。

「良い。魔物が相手ならなんであっても容赦は無用。当たるような動きの私が悪いのだ。さ、訓練に戻れ」
「は……」

 兵士を教練場に戻して、フレデリック殿下は私達に向き合った。

「気が逸れていたのかもしれん。……痛み止めを出してくれ」

 殿下の痛みの堪え方、そして歩き方を見て私はそう聞いた。これまで打ち身でやってきた兵士達とはちょっと違うような……。するとザールさんがフレデリック殿下の前に進み出た。

「失礼、殿下。脚を診させてください」
「いや、すぐに訓練に戻らなければ」
「……ちょっと触らせてください」

 ザールさんは首を振るフレデリック殿下の足首を触る。殿下は少し顔をしかめた。そのまま脛をちょっと押すと、ビクリとフレデリック殿下の肩が動く。

「……痛っ!!」
「殿下、これはヒビが入っているかもしれません。添え木をしないと」
「……こんな時に……」

 フレデリック殿下の表情が暗くなった。確かにブライアンさん達が不在の時に脚を怪我したのは痛手だろう。それもそうだけど、額に汗を浮かべる程の痛みをただ耐えている姿が痛々しかった。

「それでも怪我はしっかり治さないと……骨なんて変な風にくっついたら大変です」

 私もおせっかいだと思いながら、フレデリック殿下に声をかけた。するとフレデリック殿下は逆に私に問いかけてきた。

「我が国の騎士団は強くなければならない。なぜか分かるか、真白」
「魔物が出るから……ですか?」
「それも一つの正解だ。魔物によって騎士団は常日頃鍛錬を怠らず、士気も高い。国費より当てる軍事費も多い。そのような軍隊を他国は持たぬ。……騎士団はルベルニアの国力そのものなのだ」
「……だから殿下は騎士団から席を外せないと」
「それが父上から私に託されたものだからだ」

 そしてそれはきっとフレデリック殿下の誇りなのだ。なんとかしてあげたい。けれど骨折に効くハーブかぁ……私には思い当たらない。

「ちょっと待っててください」

 私は辞典を持って隣室に引っ込んだ。そして小声でリベリオに聞いた。

「リベリオ。骨にいいハーブって知ってる?」
『骨……それならホーステイルだな。これだ』
「……なんか見た事ある。スギナだわ」
『骨の再生を促す効果がある。ポーションと湿布にするといい』
「ありがとう!」

 ピンピンと緑の葉を伸ばすホーステイルを辞典に置くと、それは薄緑のポーションと湿布になった。

「リベリオ、あとでおやつ持ってくるからね」
『いいから早くいってやれ』

 私はホーステイルのポーションと湿布を手に部屋に戻った。

「いいものがありました! 骨折に効くポーションです」
「そんなものが……」
「どれほど効くか分かりませんけど、痛み止めで無理矢理我慢するよりいいですよ」

 私はポーションをフレデリック殿下に渡して飲んで貰った。

「痛みが……消えていく……」
「やっぱり真白さんのポーションの効果はすごいですね」

 殿下が椅子から立ち上がった。それを見てザールさんも驚いた声を出した。

「あとは念の為湿布を」
「ああ……」

 殿下が脛をまくりあげる。うん……もうちょっと患部は上ですね……。

「ズボンを脱がなきゃ駄目なようだな」
「あーっ! はいっ。ソウデスネ! ザールさんお願いします!」

 私はポンと湿布をザールさんに手渡して後ろを向いた。本当のお医者さんとか看護師さんならこんな事で動揺しないと思うけど……私、元はただのOLだもの。

「真白さん、もういいですよ」
「あ、はい……」

 振り向くとフレデリック殿下はしっかりと両足で立っている。

「助かった、真白……ありがとう」
「いえ……どういたしまして」

 殿下の笑顔にもじもじと答えたその時だった。ドンドン、と強く扉が叩かれた。フレデリック殿下自ら扉を開けると緊張した面持ちの兵士が立っていた。

「申し上げます! ただ今伝令より、魔物を討伐したとの一報が入りました!」

 その言葉に私とザールさんは顔を見合わせた。

「倒した……」
「という事は……みんな帰ってくるんですね?」

 私達が呟いた途端、フレデリック殿下の鋭い声が飛んだ。

「して、我が騎士団の損害は!」
「は、軽傷者五名が出たものの、すでにポーションと随行の回復術師により治療済みです」
「そうか。では帰還する騎士団を迎える準備を!」

 そう兵士に命じたフレデリック殿下はそこで初めて私を振り返った。

「みんな無事だ。さすがはブライアンだな」
「フレデリック殿下……」
「どうした、真白。急にしゃがみこんで」
「あの……なんか腰が抜けてしまって……はは……」

 軽症とは言え負傷者が出たという事実がショックだった。そんな私にフレデリック殿下は手を差し出した。

「しっかり……騎士団の中には真白を慕っている者も多い。笑顔で迎えてやってくれ『救国の聖女』様」
「は、はい……!」

 私はぎゅっと口角をあげた。そうだ、笑顔。危険をかいくぐり、戻って来る彼らの為に笑顔でいないと。私は殿下の手をとり立ち上がった。
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