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2話 精霊の魔石
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「それより……。さって、洗濯洗濯!」
ただくよくよしていても仕方がない。マイアはまずは目の前の現実に向き合うためにパシンと両手で頬を叩いた。昨日は雨だった。たまった洗濯物をやっつけねばならない。そして気合いも十分に裏口のドアを開けた。
「……あら?」
そこには何か丸い物が転がっていた。汚れた毛布かと思って近寄ってみると……それは子犬だった。苦しげに舌を出して呼吸している。
「くううぅ……」
「大変……怪我しているのね」
汚れもあったが子犬の腹部が赤黒く濡れている。血だ。マイアは手にしていたシーツで子犬を包むと、抱き上げて家へと戻った。
「うう……」
「大丈夫よ、今治してあげるからね」
マイアは子犬に手を当てた。その手に光が宿る。
「神霊の聖なる加護をこの者に、癒しの力を与えたまえ」
荒い息をしていた子犬に振れると腹部に負った傷が塞がっていく。マイアはそれを見届けると、洗面器に水を貯めて汚れをぬぐい取ってやった。
「さぁ、もう大丈夫よ」
マイアは子犬の頭を撫でてやる。すると子犬はぱっちりと目を覚まして立ち上がり尻尾を振った。
「良かった。すっかり元気ね」
『ああ……助かった……』
「わっ」
突然子犬が喋った。マイアは驚いて思わず尻餅をつく。
「……今の声、あなた?」
『そうだ……』
途端に子犬が輝きだし、目の前に褐色の肌をした逞しい体格の男が立っていた。その肌はさっきの子犬と同じ色。瞳の金褐色も同じだった。そして耳は犬のように尖っていて尻尾もついていた。そしてうっすらとその足下は透けている。
「あ、あわわ……」
『……私はカイル。森の精霊だ。……危ない所をありがとう』
「いえ……お役に立てたみたいで……」
この森に三年住んでいるマイアも、森の精霊を見るのは初めてだった。
『何か礼をしたい。望むものはないか』
「え、特には……」
正確にはマイアは『食い扶持』が欲しかったが、それを精霊に言っても仕方ないだろうと黙っていた。
『とはいえ今は大したものは持っていない。このちっぽけな風の魔石くらいで』
「まっ、魔石……っ?」
マイアは驚いた。魔石は魔力を蓄積する天然の石でとても希少なものだ。カイル、と名乗った精霊はちっぽけだと言っていたけれどそれはクルミほどの大きさのある立派なものだった。
『これで仲間と森を何周できるか遊んでいたのだが、あやうく命を落とすところだった。実体をもって森を駆けていたところを獣に襲われて、元に戻る力も失って……』
「じゃ、じゃあ! その魔石ください!」
マイアは思いきって言ってみた。するとカイルは意外そうな顔をした。
『これ? こんなものでよいのか』
「いいです! それをください」
『分かった』
ポン、とマイアの手の上に魔石が手渡された。マイアはその薄緑色の美しい結晶を日にかざす。キラキラと煌めくその様にマイアはため息を吐く。
「綺麗……ありがとうございます!」
『ははは、そんなに喜んでもらえるなら結構だ』
魔石に目を輝かすマイアを見て、カイルは満足気に頷いた。
『では……手間をかけた』
「もう怪我しないでくださいね」
『ああ……』
カイルはマイアにそう答えると、霞みのように姿を消した。
「すごい……夢みたい……」
マイアは煌めく魔石を握りしめて、アシュレイの自室に向かった。そして興奮気味にドンドンと扉を叩いた。
「アシュレイさーんっ!」
「……ノックは静かに」
ぬっと片眼鏡をかけたまま、部屋から顔を出したアシュレイは口をへの字に曲げて文句を言った。
「見てください、これ!」
「魔石か」
「さっき精霊の怪我を治したら貰ったんです」
「そうか、良かったな」
「……それだけ?」
「……ん?」
二人の間に変な空気が流れた。マイアはじれったくなってズイッとアシュレイに魔石を突き出す。
「これを売ったら半年は暮らせますよね」
「だろうな」
「これでいいでしょう? 私は自分の食い扶持を稼ぎました」
「……却下だ」
アシュレイは冷たくそう言うと扉を締めようとする。マイアは慌ててその扉の隙間に体をねじこんだ。
「なんでですか!」
「あのなぁ……」
スッと片眼鏡を外してアシュレイはマイアを呆れた顔で見た。青灰の瞳がマイアをじっと捉えている。
「食い扶持ってのは仕事の事だ。つまり自分の力でずーっと自分を養うって事だ。たまたま手に入った魔石じゃ仕事とは言えないな」
「そんな、アシュレイさーん!」
無情にもドアは閉められた。その上ガチャリと鍵のかかる音までした。マイアはがっくりと肩を落とす。
「駄目か……もっと何か考えなきゃ……」
マイアは手元の魔石に目を落とす。それはキラキラと光を反射して美しく輝いていた。
「どうしよう……これ……」
こうして、マイアにとって散々な誕生日がすぎていったのだった。
ただくよくよしていても仕方がない。マイアはまずは目の前の現実に向き合うためにパシンと両手で頬を叩いた。昨日は雨だった。たまった洗濯物をやっつけねばならない。そして気合いも十分に裏口のドアを開けた。
「……あら?」
そこには何か丸い物が転がっていた。汚れた毛布かと思って近寄ってみると……それは子犬だった。苦しげに舌を出して呼吸している。
「くううぅ……」
「大変……怪我しているのね」
汚れもあったが子犬の腹部が赤黒く濡れている。血だ。マイアは手にしていたシーツで子犬を包むと、抱き上げて家へと戻った。
「うう……」
「大丈夫よ、今治してあげるからね」
マイアは子犬に手を当てた。その手に光が宿る。
「神霊の聖なる加護をこの者に、癒しの力を与えたまえ」
荒い息をしていた子犬に振れると腹部に負った傷が塞がっていく。マイアはそれを見届けると、洗面器に水を貯めて汚れをぬぐい取ってやった。
「さぁ、もう大丈夫よ」
マイアは子犬の頭を撫でてやる。すると子犬はぱっちりと目を覚まして立ち上がり尻尾を振った。
「良かった。すっかり元気ね」
『ああ……助かった……』
「わっ」
突然子犬が喋った。マイアは驚いて思わず尻餅をつく。
「……今の声、あなた?」
『そうだ……』
途端に子犬が輝きだし、目の前に褐色の肌をした逞しい体格の男が立っていた。その肌はさっきの子犬と同じ色。瞳の金褐色も同じだった。そして耳は犬のように尖っていて尻尾もついていた。そしてうっすらとその足下は透けている。
「あ、あわわ……」
『……私はカイル。森の精霊だ。……危ない所をありがとう』
「いえ……お役に立てたみたいで……」
この森に三年住んでいるマイアも、森の精霊を見るのは初めてだった。
『何か礼をしたい。望むものはないか』
「え、特には……」
正確にはマイアは『食い扶持』が欲しかったが、それを精霊に言っても仕方ないだろうと黙っていた。
『とはいえ今は大したものは持っていない。このちっぽけな風の魔石くらいで』
「まっ、魔石……っ?」
マイアは驚いた。魔石は魔力を蓄積する天然の石でとても希少なものだ。カイル、と名乗った精霊はちっぽけだと言っていたけれどそれはクルミほどの大きさのある立派なものだった。
『これで仲間と森を何周できるか遊んでいたのだが、あやうく命を落とすところだった。実体をもって森を駆けていたところを獣に襲われて、元に戻る力も失って……』
「じゃ、じゃあ! その魔石ください!」
マイアは思いきって言ってみた。するとカイルは意外そうな顔をした。
『これ? こんなものでよいのか』
「いいです! それをください」
『分かった』
ポン、とマイアの手の上に魔石が手渡された。マイアはその薄緑色の美しい結晶を日にかざす。キラキラと煌めくその様にマイアはため息を吐く。
「綺麗……ありがとうございます!」
『ははは、そんなに喜んでもらえるなら結構だ』
魔石に目を輝かすマイアを見て、カイルは満足気に頷いた。
『では……手間をかけた』
「もう怪我しないでくださいね」
『ああ……』
カイルはマイアにそう答えると、霞みのように姿を消した。
「すごい……夢みたい……」
マイアは煌めく魔石を握りしめて、アシュレイの自室に向かった。そして興奮気味にドンドンと扉を叩いた。
「アシュレイさーんっ!」
「……ノックは静かに」
ぬっと片眼鏡をかけたまま、部屋から顔を出したアシュレイは口をへの字に曲げて文句を言った。
「見てください、これ!」
「魔石か」
「さっき精霊の怪我を治したら貰ったんです」
「そうか、良かったな」
「……それだけ?」
「……ん?」
二人の間に変な空気が流れた。マイアはじれったくなってズイッとアシュレイに魔石を突き出す。
「これを売ったら半年は暮らせますよね」
「だろうな」
「これでいいでしょう? 私は自分の食い扶持を稼ぎました」
「……却下だ」
アシュレイは冷たくそう言うと扉を締めようとする。マイアは慌ててその扉の隙間に体をねじこんだ。
「なんでですか!」
「あのなぁ……」
スッと片眼鏡を外してアシュレイはマイアを呆れた顔で見た。青灰の瞳がマイアをじっと捉えている。
「食い扶持ってのは仕事の事だ。つまり自分の力でずーっと自分を養うって事だ。たまたま手に入った魔石じゃ仕事とは言えないな」
「そんな、アシュレイさーん!」
無情にもドアは閉められた。その上ガチャリと鍵のかかる音までした。マイアはがっくりと肩を落とす。
「駄目か……もっと何か考えなきゃ……」
マイアは手元の魔石に目を落とす。それはキラキラと光を反射して美しく輝いていた。
「どうしよう……これ……」
こうして、マイアにとって散々な誕生日がすぎていったのだった。
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