深川あやかし綺譚 粋と人情とときどきコロッケ

高井うしお

文字の大きさ
7 / 40

6話 空の器②

しおりを挟む
「それで、弟さんの特徴は?」
『私と同じ青い染め付けの皿で、鳥の絵が描かれています。名は翡翠と』
「ほうほう……それで藍さんは今どこにおられるんですか」
『蓬莱屋という骨董店におります。日曜日はこちらの骨董市に出ているのですが……今頃探してるでしょうね』

 藍はなんだか人事のように言った。付喪神にとって、店は家のように感じる場所では無いようだ。

「それじゃあ、その蓬莱屋さんをまず訪ねましょう」
『はい、それでは……』

 藍は再び少女の姿に変化した。ちょっと目立ちすぎると感じた衛は二階に昇り、穂乃香の黒い日よけ帽を持ってくると藍に差し出した。

「これを被っててください」
「あら、いいんですか……似合います?」

 藍は黒い帽子を被って衛に見せた。似合っている、が別にオシャレの為にかぶせた訳では無い。衛は失礼、と断って顔が見えないように深く被り直させた。

「とりあえず行ってみましょう」

 衛達一行が再び境内に戻った時には、十五時の終了時間に向けて店じまいがぼつぼつとはじまっていた。

「蓬莱屋ってのはどこでしょう」
「あそこです……」

 うつむき加減の藍が指さした先には、小太りの老人が店番をしていた。ふむ、と呟いて衛は蓬莱屋に近づいた。

「ふーむ」

 客のふりをして品揃えを見て回る。展示してある商品は、陶器や鉄瓶などの食器が多い。

「これは何ですか?」

 衛がガラス瓶を指さすと、店主は片目を開けて答えた。

「そりゃ、目薬の瓶だよ。昔はこんなだったんだ」
「へぇー……そうだ、ここに古い皿とかないですかね。自分、料理人でして……」

 嘘は言っていない。ただ今は売れない総菜屋なだけで。

「それならこの辺だよ」
「青い皿がいいんですがね、イタリアンなんで……トマトソースが映えそうだ」
「そうだなぁ……そう言う皿なら……あれ、一枚あったと思うんだがどこ行った」

 蓬莱屋の店主が箱を漁るが当然、藍は衛の後ろで瑞葉と待機しているので見つかる訳が無い。

「あーあ、見つからない……先週も同じ様な皿が売れたんだけどね。今度仕入れて置くよ」
「先週も売れたんですか……やっぱり俺みたいな料理人でしょうかね」
「どうだろうね、地元の人っぽかったけど……」

 藍の弟、翡翠はこの店がら売られたようだ。

「また来週も来るからさ、そんとき来てよお兄さん」
「はい、ありがとうございました」

 衛はもうこれ以上、情報は取れないと判断して引き下がった。後ろで待っている藍と瑞葉の所へと戻る。

「あの店からどうも売られたみたいだな。この深川付近の家にあるかもしれん」
「パパ、たんていみたい。すごい!」

 瑞葉の賛辞に思わず鼻の下が伸びそうになった。しかし、藍の表情を見てすぐに顔を引き締めた。

「そんな……この街にいるなら気配くらい感じられるはず……」

 そういって藍は涙をぽろぽろと流した。

「まさか、捨てられちゃったんじゃ……」
「ま、まだそうと決まった訳じゃないし……そうだ、とりあえず家に戻ろう」

 泣きじゃくる藍を連れて、衛と瑞葉が家に帰るとミユキが帰って来ていた。

「おや、随分買い物に時間がかかったじゃないか……とそのお皿のお嬢さんはなんだい」
「あ、お客さんです。藍さん、こちら俺の義母のミユキさん。ここの家主だよ」
「ああ、貴女が……すみません、お婿さんを勝手に連れ出したりして」

 藍が可愛そうな位小さくなって、頭を下げた。

「で、どうなってるんだい。状況を聞こうじゃないか」

 衛はミユキに藍の身の上と弟を探している事を伝えた。ミユキは難しい顔をして、顎に手をやった。

「うーん、この子の弟ねぇ……私でも気配がたどれないね」
「そうですか……」

 再び気落ちした様子の藍の手を瑞葉が握った。

「大丈夫、どっかにいるよ」
「そうでしょうか……」
「とりあえず、今日は泊っていきなよ。明日からまた探すから」
「はい……」

 衛は藍を少しでも安心させようと、腕を捲った。

「夕飯も腕によりをかけて作っちゃうからさ」
「あ、付喪神はものを食べないんです」
「えっ、そうなの」

 衛は心底がっかりした。料理人にとって飯で人を元気にするのは生きがいだからだ。

「あ、あの……」

 すると、藍がほんのりと頬を染めて声を上げた。

「その代わり、というか……料理を盛っていただけないでしょうか」
「へ? それって皿として使うって事?」
「はい、器物にとって最も嬉しいのは本来の使い方をされる事なのです」

 そう言って藍は元の皿の姿になった。そうか、それで元気になるのならと衛はその皿を手に取った。

「……よし、まかせとけ」
『はい、よろしくお願いします』

 衛は、冷蔵庫から牛もも肉を取り出すと粗く刻み、タマネギとセロリ、にんにくもみじん切りにした。
 鍋にオリーブオイルをたっぷりと注ぐと刻んだ野菜を炒める。野菜がほんのり透き通ってきたところで刻んだ牛肉を入れる。じゃわーっと音が立ち、肉の焼けるいい匂いが漂った。
そこに赤ワインとトマト缶を入れ、香辛料を入れて塩胡椒をする。

『ああ……すごい……』

 藍が衛の手際の良さに感嘆の声を漏らした。

「あとは煮込むだけ……その間に」

 衛はサラダと鯛のカルパッチョをさっと作ってテーブルに並べる。そして太めのパスタタリアテッレを沸かした湯で茹で、先に鍋に仕込んだラグーソースと一緒にからめる。

「それじゃ、藍さん。出番です」
『は、はい』

 衛は藍の中央にこんもりをパスタをのせ、ソースを上から足す。そしてパルメザンチーズを惜しげもなくかける。
 藍のブルーの色調に赤みがかったソースとチーズの白が美しい。

『ああー……素敵です……衛さん……』
「どうだい元気でたかい」
『はい、とても』

 その日の夕食は衛お得意の本格イタリアン。瑞葉は素直に喜んでいたが、ミユキは微妙な顔をしていた。

「あたしの晩酌用に買っておいた刺身なんだけどねぇ……まぁ美味いけどさ」
「藍さんの為ですよ」
「ふう……とりあえず、地元の数寄者にでも聞いて回るかね、でないとあたしのつまみがどんどんなくなっちまう」
『ミユキさん、ありがとうございます。どうかよろしくお願いします』

 そんなミユキに藍は丁寧にお礼を述べた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...