32 / 40
31話 富岡八幡宮例大祭③
しおりを挟む
「ミユキさん、さっきのミユキさんも聞こえましたよね」
「ああ、もちろんさ」
衛は、不気味な雰囲気にぞくりと肩をすくませた。
「この人混みじゃ余計な被害が出る。いったんここから離れよう」
衛達はそう示し会わせると、祭りの行列から離脱した。
「八幡様の神域まで急ごう」
そうミユキが言うので、一行は富岡八幡に向かって駆け出した。ところが祭り本番の人混みである。そうそう思い通りには動かない。
「遠回りするか」
「そうするしか無さそうだね」
衛達は裏道を通って八幡様の境内を目指す。すると、あと少しと言ったところで目の前のアスファルトがじんわりと濡れて地に響くような声が聞こえた。
『そうはさせるか……』
そこにはボロボロの衣をまとった東方朔の姿があった。
『ははは! そこをどけ、私は龍神の愛し子に用がある』
「はいそうですか……なんて言う訳がないだろう!」
衛は瑞葉の前に盾となって立った。そんな衛に向かって、東方朔はひからびた手を伸ばした。すると東方入道の手は大きく広がり、衛を一掴みににぎりしめた。
「ううっ」
「パパ!」
とても老人の力とは思えない圧迫感に、思わず衛はうめき声をあげる。
「おん めいぎゃ しゃにえい そわか」
そこに聞こえて来たのは、ミユキの真言である。以前現れた時はこの音に苦しんでいた東方朔であったが、今日は様子が違った。
『うははは、効かぬぞ。ミユキ。なぜ今日という日を選んだか考えて見ろ。これだけ人が集まれば、聖も邪も同じだけ集まってくる』
「小賢しいね、東方朔」
ミユキは吐き捨てるように言うと、東方朔に向かって木札を何枚か投げつけた。
『効かぬといったろう』
東方朔はその木札をバラバラとはじき飛ばした。
『人々の邪気というのは良い物だな』
そう行って東方朔は高笑いをした。そんな東方朔をミユキは笑い飛ばした。
「馬鹿だね、それだけ負の力があるって事は聖の力も高まっているってことだろ?」
ミユキは透明な水晶の数珠を取り出すと、衛を掴んでいる手首に巻き付けた。
「ましてや今日は三年に一度の大祭の日だよ! 瑞葉!」
「はい! ミユキさん」
「ちゃんと覚えてるね、こいつが嫌いなおまじない」
「うん!」
ミユキと瑞葉は手を合わせると、一斉に目を閉じた。
「高天原に坐し坐して天と地に御働きを現し給う龍王は大宇宙根元の御祖の御使いにして一切を産み一切を育て萬物を御支配あらせ給う」
二人が唱えたのは龍神祝詞である。穢れを払い、願いを叶えるという言葉の力に呼応するようにミユキの数珠が光りはじめた。
『ぐ……う……』
東方朔は苦しそうに呻き、衛を掴んでいた手がパラパラと枯れ木のように崩れて行く。
「この化け物め!」
最後は衛が自分自身の力で東方朔の手を振り払った。その反動で衛は盛大に尻餅をつく。
「さぁ、うちの孫娘に二度も手を出そうとしたんだ。もう二度と現れないようにバラバラにしてやろうかね」
ミユキが怒りに満ちた視線で東方朔を見た。すると東方朔は突然こんな事を言い出した。
『……のう、お前達は騙されとるぞ』
「なんの話だ」
「衛、あやかしに気軽に話しをあわせるんじゃないよ」
『なに、お前等が大事に拝んでいる龍神が愛し子に何をしたのか、知りたくはないかとな』
その言葉に一番反応したのは瑞葉であった。
「それってママの事!?」
『そうさ、お前の母御は……』
東方朔はそこまで言うと、アスファルトにズブズブと沈んでいった。
「ちょっとまて、穂乃香がなんだって?」
「衛!!」
半分消えかけている東方朔にくってかかろうとしている衛を、ミユキが止める。
『お前等の大事な愛し子は今、地獄におるぞ。へっへっへ』
そんな衛をあざ笑うかの様に東方朔は笑った。
『それではまた会おう……。大きな厄災がまもなく……やってくる……その時に……』
そう言って東方朔の姿は完全に消えた。後に残された衛に混乱を植え付けて。
「穂乃香が……地獄にいる……?」
「パパ……」
動揺を隠せない衛と瑞葉をいさめたのはミユキだった。
「衛、あんたしっかりしな。化け物の戯れ言を真剣に受け取るんじゃ無い」
「ミユキさん……そうか、そうですよね」
衛は大きく深呼吸をした。やっと少し落ち着きが戻って来た。
「それにしても……厄災とか言っていましたが、なんなんでしょう」
「あたしもそれは気になった。なんとか調べてみるよ。だからしゃんとおし」
「はい、もう大丈夫です」
ミユキの励ましに衛は顔を上げた。しんと静まり返ったようだった裏路地だったが、今は祭り囃子とわっしょいのかけ声が響いていた。
「……とりあえず、祭りに戻りましょうか」
「ああ」
衛達は、富岡八幡宮の前で最高潮の盛り上がりを見せる御輿渡御の列に向かって歩き始めた。
「ああ、もちろんさ」
衛は、不気味な雰囲気にぞくりと肩をすくませた。
「この人混みじゃ余計な被害が出る。いったんここから離れよう」
衛達はそう示し会わせると、祭りの行列から離脱した。
「八幡様の神域まで急ごう」
そうミユキが言うので、一行は富岡八幡に向かって駆け出した。ところが祭り本番の人混みである。そうそう思い通りには動かない。
「遠回りするか」
「そうするしか無さそうだね」
衛達は裏道を通って八幡様の境内を目指す。すると、あと少しと言ったところで目の前のアスファルトがじんわりと濡れて地に響くような声が聞こえた。
『そうはさせるか……』
そこにはボロボロの衣をまとった東方朔の姿があった。
『ははは! そこをどけ、私は龍神の愛し子に用がある』
「はいそうですか……なんて言う訳がないだろう!」
衛は瑞葉の前に盾となって立った。そんな衛に向かって、東方朔はひからびた手を伸ばした。すると東方入道の手は大きく広がり、衛を一掴みににぎりしめた。
「ううっ」
「パパ!」
とても老人の力とは思えない圧迫感に、思わず衛はうめき声をあげる。
「おん めいぎゃ しゃにえい そわか」
そこに聞こえて来たのは、ミユキの真言である。以前現れた時はこの音に苦しんでいた東方朔であったが、今日は様子が違った。
『うははは、効かぬぞ。ミユキ。なぜ今日という日を選んだか考えて見ろ。これだけ人が集まれば、聖も邪も同じだけ集まってくる』
「小賢しいね、東方朔」
ミユキは吐き捨てるように言うと、東方朔に向かって木札を何枚か投げつけた。
『効かぬといったろう』
東方朔はその木札をバラバラとはじき飛ばした。
『人々の邪気というのは良い物だな』
そう行って東方朔は高笑いをした。そんな東方朔をミユキは笑い飛ばした。
「馬鹿だね、それだけ負の力があるって事は聖の力も高まっているってことだろ?」
ミユキは透明な水晶の数珠を取り出すと、衛を掴んでいる手首に巻き付けた。
「ましてや今日は三年に一度の大祭の日だよ! 瑞葉!」
「はい! ミユキさん」
「ちゃんと覚えてるね、こいつが嫌いなおまじない」
「うん!」
ミユキと瑞葉は手を合わせると、一斉に目を閉じた。
「高天原に坐し坐して天と地に御働きを現し給う龍王は大宇宙根元の御祖の御使いにして一切を産み一切を育て萬物を御支配あらせ給う」
二人が唱えたのは龍神祝詞である。穢れを払い、願いを叶えるという言葉の力に呼応するようにミユキの数珠が光りはじめた。
『ぐ……う……』
東方朔は苦しそうに呻き、衛を掴んでいた手がパラパラと枯れ木のように崩れて行く。
「この化け物め!」
最後は衛が自分自身の力で東方朔の手を振り払った。その反動で衛は盛大に尻餅をつく。
「さぁ、うちの孫娘に二度も手を出そうとしたんだ。もう二度と現れないようにバラバラにしてやろうかね」
ミユキが怒りに満ちた視線で東方朔を見た。すると東方朔は突然こんな事を言い出した。
『……のう、お前達は騙されとるぞ』
「なんの話だ」
「衛、あやかしに気軽に話しをあわせるんじゃないよ」
『なに、お前等が大事に拝んでいる龍神が愛し子に何をしたのか、知りたくはないかとな』
その言葉に一番反応したのは瑞葉であった。
「それってママの事!?」
『そうさ、お前の母御は……』
東方朔はそこまで言うと、アスファルトにズブズブと沈んでいった。
「ちょっとまて、穂乃香がなんだって?」
「衛!!」
半分消えかけている東方朔にくってかかろうとしている衛を、ミユキが止める。
『お前等の大事な愛し子は今、地獄におるぞ。へっへっへ』
そんな衛をあざ笑うかの様に東方朔は笑った。
『それではまた会おう……。大きな厄災がまもなく……やってくる……その時に……』
そう言って東方朔の姿は完全に消えた。後に残された衛に混乱を植え付けて。
「穂乃香が……地獄にいる……?」
「パパ……」
動揺を隠せない衛と瑞葉をいさめたのはミユキだった。
「衛、あんたしっかりしな。化け物の戯れ言を真剣に受け取るんじゃ無い」
「ミユキさん……そうか、そうですよね」
衛は大きく深呼吸をした。やっと少し落ち着きが戻って来た。
「それにしても……厄災とか言っていましたが、なんなんでしょう」
「あたしもそれは気になった。なんとか調べてみるよ。だからしゃんとおし」
「はい、もう大丈夫です」
ミユキの励ましに衛は顔を上げた。しんと静まり返ったようだった裏路地だったが、今は祭り囃子とわっしょいのかけ声が響いていた。
「……とりあえず、祭りに戻りましょうか」
「ああ」
衛達は、富岡八幡宮の前で最高潮の盛り上がりを見せる御輿渡御の列に向かって歩き始めた。
0
あなたにおすすめの小説
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる