絶対働かないマン

奥田恭平

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俺はやると言ったらやるタイプの無職だ!

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「お兄ちゃん。もう夕ご飯の時間だよー、ねーお腹空いたよー」

 リビングから俺の可愛い妹、夏葉の声が聞こえる。
 いつもなら、すぐに出て行って、飯のひとつくらい作ってやるところだが、今日はそういうわけにはいかない。

「お兄ちゃーん。ご飯はー?」
「悪いが自分で作って、勝手に作ってくれー!」

 俺は自分の部屋から怒鳴り返す。
 この三日間、俺はlineスタンプ制作に夢中になっていた。
 今日も一日、トイレを除いて一歩も部屋から出ていない。
 食事もお昼を随分と過ぎているが、まだ一食も食べていない。
にもかかわらず、不思議と腹は減っていない。
 ただひたすらペンタブレットを握りしめ、パソコンに向かい続ける。

 ――明日からやる。

それは無職にとって「やらない」と同意の言葉。
しかし、無職にもかかわらず、俺は宣言通り次の日からlineスタンプ制作に取り掛かっていたのだ!
 そう、俺は絶対働かないマン。超ポジティブな積極的無職なのである!
 絶対働かないマンは他人との約束は知ったことじゃないが、自分との約束は守る。
 だからやると言ったらやるのだ。
 まったく操作したことのないペンタブレット。ダウンロードしたばかりのフリーのペイントソフト。
 最初は操作するだけでもひと苦労。
ペンタブレットの脇についている謎のボタンが理解できない。
普通のペンと同じように握ると謎のボタンによって、勝手にベタっと塗りつぶされたした〇が描かれる。
それを消しゴムツールで何度も何度も消す。
 キャラに色をつけたいのだが、塗りつぶしのバケツ風のボタンを押しても、画面全部が塗りつぶされる……。

「この、クソバケツがっ! 穴でも開いてんのか!」

 真っ青になった画面に向かって悪態をつきながらもひとつ、ひとつスタンプの画像を描いていく。スタンプ40個で1セットの設定。長い道のりとなった。
 それでも少しずつ、ソフトにもペンタブレットにも慣れていく……。
 無職の脳は赤ちゃんと同じ。スポンジのように新しい知識を吸収するのだ。
 ツールに対してのストレスが無くなるにつれて、作業も飛躍的に楽しくなる。
 こうなると、俄然集中力も増すというもの。
 ひとつ、またひとつとスタンプができあがり、ついに40個の完成が近づく。
 
「お兄ちゃん、大丈夫!? ご飯いいの? もう夕方近いよ。お昼食べてないでしょ」

 声が近い。
 振り返ると、夏葉がドアを遠慮気味にちょこっと開けて、その隙間から俺を見つめている。
 その表情はどこか不安げ……。
 ご飯も食べず、部屋から出ようとしない俺を気づかってくれているようだ。

「ああ、もちろん大丈夫だ」

 俺は手招きして、夏葉に部屋に入るよう促す。

「お兄ちゃん、大丈夫? 無職から引きこもりにジョブチェンジした?」

 俺はそう言うと、椅子を引いて身体をずらし、この三日間の成果を見せる。
 そう。完成目前のlineスタンプである。

「こ、これは……」

 夏葉はパソコンのモニターを見つめたまま目を丸くしている。小さな口をぽかんと開けて……。どうやら俺が本当にスタンプを作るとは思ってなかったらしい。

「俺はやると言ったらやるタイプの無職だ!」
「そうだね。お兄ちゃんはやる時はやる人だとは思ってたけど……」

 どうやら夏葉が驚いているのは実際に俺がスタンプを作ったことではないらしい。

「なら、なにを驚くことがある?」
「このスタンプ……」
「そう。これが俺のスタンプ。〝無職ックマ〟だ!」



「お兄ちゃん……無職ックマって、完全にあのキャラの……、あのとてもリラックスしたクマの……パク……」
「言うな! 断じてそんなクマとは関係ない。変な勘繰りはやめてもらおうか!」
「そ、そうだよね。絶対に関係ないよね……。それに……そもそも絵がアレすぎで、似てるとか似てないとかないレベルだしね」

 夏葉は困惑した顔で、慎重に言葉を選んでいる。
 どうやら俺のスタンプの画力にびっくりしてしまったらしいが……。

「おい、なにを言ってる、これはヘタウマだ」
「……お兄ちゃん。これは単なるヘタだよ! がっつりと正統派の。しかもおもしろにもならないタイプのヤツだよ」
「馬鹿な……、認めん、断じて認めん! これはヘタウマだ!」
「違うよ……。ただのヘタだよ。しかも可愛くないタイプの。逃げ道がないタイプのヘタさ加減だよ。じんわりと、しみじみと、心から……」
「おい、それ以上言うな!」
「でも……」
「言うな! これはヘタウマだ! 絶対にそう! 異論は認めん!」

 俺は強制的にこの議論を打ち切る。
 ……やはり、そうか。
 指摘されるまでもなく、俺もなんとなくはこれがヘタウマではなく、ただのヘタである気はしていた。
 小さな子供が描いたようなイラストであればまだ救いがあるが、美術の苦手な中学生が全力で描いたかのようなテイスト……。
 だがしかし、そんなことで怯むわけにはいかないのだ。
誰しも持ち前の技術で勝負するしかない。
 たとえ無職ックマがリラックマよりも少々可愛げがないとしても、リラックマよりも少々テイストが雑だとしても、リラックマよりも少々色味がファンシーじゃないとしても!

「夏葉、俺はやるからな。なにを言われようと」
「ご、ごめんお兄ちゃん。ちょっとびっくりしちゃって……」
「気にするな。素直な感想も必要だ。事実、このスタンプにはアラもある。デッサンがちょっと乱れているし、キャラデザも不安定な部分もある」
「友達っぽい犬は全身紫だしね……」
 夏葉は少々申し訳なさそうにつけ加える。
「ああ。色々問題点はある。だが俺はこれをlineスタンプとしてクリエーターズマーケットに登録し、販売する!」
 俺はさらに語気を強めて、そう断言する。
 夏葉はどうしてそんな強い口調なのかわからず、不思議そうな顔をしているが、しかし、これは大事なポイントだ。
「夏葉、いいか。たしかにこのスタンプは問題点がある。だがな、ちょっと下手くそだから、とか、どうせ登録しても売れないし……とか、そんな気持ちで諦めることこそ最悪の行為だ。自分で勝手に判断して、勝手に諦める。それじゃいつまでたっても状況は変わらない。俺たちはそんな状態から一歩前に踏み出さなければいけないんだよ! だから俺はこれを仕上げて販売する!」

 俺も無職ではあるが、馬鹿ではない。描いていればなんとなくクオリティについて難があることくらいは薄々は気づいていた。
しかし俺にとってはスタンプのクオリティは二の次だった。なにせイラストを描いたこと自体初体験。いきなり最高のスタンプなど描けるはずもない。
大切なことは初志を貫徹してまずはスタンプを完成させることだ。自分で自分を見限ってしまわないこと。最後まで自分の情熱につき合ってやることなのだ!

「お兄ちゃん……。さすがだよ。私が間違ってたよ。はじめからダメとか言ってたら、なんにもできないよね。お兄ちゃんは勇気があるよ」

 夏葉もようやく俺の気持ちを理解してくれたようだ。
 大きな瞳を感動で目をキラキラさせている。

「そうだ。失敗する可能性が高いとか、採算が見込めないとか、労力に対してリターンが少ないとか。そういうことはサラリーマンの考えだ。俺は無職だ! 無職に採算も効率も関係ねえ! ただ前に進むのみだ!」
「格好いいよ。そうだよね……。そう言われると、無職ックマも不思議と可愛く見えてきたよ。毎回顔が微妙に違うところが逆にキュートだよ!」
「だろ! よし、ならば夏葉、リラックマをクリエーターズマーケットに登録する瞬間を見るがいい。記念すべき俺たちの船出だ」
「うんっ。見る!」

 夏葉は嬉しそうに俺に身体を寄せてモニターを覗き込む。
 すでにスタンプ制作は残り一つ。こいつを仕上げれば40個完成だ。
 ラストということで作業の手慣れたもの。いつもの色で大胆に無職ックマに塗り、テキストを添える。

「よし! これで40個。あとはこれをクリエーターズマーケットにアップすればOKだ。こうやって、一つ一つ、表示したい順番でアップして……、メイン画像? メイン画像は画像サイズが違うのか……。トークルームタブ画像? なんだそれは……。えーと、画像のサイズを変更するのは……」
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「うむ? イラストの背景は透過!? どういうことだ? 白じゃダメなのか……。どうやれば背景が透けるんだ……」
「ねえ、お兄ちゃん……?」

 夏葉が不安そうな声で俺に問いかけているが、いまは返事をする余裕がない。
 とにかくメイン画像とトークルームタブ画像とやらを作って、背景を透過せねば。
 透けよ! 透けよ背景! なんかしらの操作によって!

「どこだ! どこをクリックすれば背景が透けるんだ!」

 俺はフリーのペイントソフトのツールバーをやたらめったら、クリックしまくる。

「……お兄ちゃん。私、ご飯を食べてから、もう一回来るね……」
「待て! すぐやるから。それから二人でご飯にしよう。すぐに透けさせる!」

 働かずに稼ぐ男、絶対に働かないマン。
 その第一歩であるlineスタンプ販売。
 その道のりは一歩目でありながら、実に厳しい。
 なんとかスタンプの登録が終わったときには、遅めのお昼どころか、夕飯も過ぎ、夜食になってしまったのだった。









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