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無職力、卍解!
しおりを挟む仮想通貨暴落ショックで、すっかり忘れるところだったが、俺が夏葉に激怒されながらもイーサリアムを購入したのには訳があった。
その訳とは……。
――海外の取引所での取引である。
俺が選んだ海外口座はバイナンス。
世界でも最大級の登録者を持つ香港の取引所だ。
ここを選んだ理由はひとつ。取引の手数料が安いのだ。
日本の取引所は手数料がバカ高く。こまめな売買をすれば手数料ばかりかかって、利益など吹き飛んでしまう。その点、バイナンスは手数料が馬鹿みたいに安い。日本だと数パーセントかかるのに、なんと0.05%
取引所の偉い人がヌンチャクで頭でも打ったのかと思うほどの安さだ。
これはバイナンスを使うしかない。
当然ながら香港の取引所であるバイナンスは日本円での取引ができない。そこで必要なのがイーサリアムなのだ。
日本の取引所でイーサリアムを購入し、イーサリアムで他の仮想通貨を購入する流れだ。
ビットコインとイーサリアムは仮想通貨界の基軸通貨。
例えるならドルでアメリカの株を買うようなものである。
リビングのソファーで取引開始の登録作業をしながら、そのようなことを俺の隣に座る夏葉に説明したのだが……。
「そんなことより、絶対に損しないでよね! わかってる? 私たちの生活はなんとかリアムが軸じゃないんだよ。香港の人はそうなのかもしれないけど」
……香港の人もイーサリアムで暮らしている訳ではないのだが。そもそも夏葉はまったく理解する気がないらしい。
俺が香港の取引所で大金を失うことだけが心配のようだ。
「大丈夫だ。俺は絶対働かないマン。絶対働かないマンは仮想通貨の取引は強い」
「本当にぃ?」
夏葉はつぶらな瞳で俺の顔をじっと覗き込んでいる。
こんな可愛い妹を不安にさせるわけにはいかない。
「もちろん本当だ。なぜなら、絶対働かないマンは暇だからだ! 忙しいサラリーマンなどとは勝負にならん」
俺は堂々と言い放つ。
そう。無職は暇なので一日中チャートを見ていられる。情報収集もいくらでも時間をかけられる。なにより仕事中で取引できないということもない。
これは有利と言わずしてなんと言おう。
まあ、モナコインを買って大損した直後ではあるのだが……。
とにかく、そんな気がして仕方がないのだ!
無職有利。無職バンザイ! やったぜ!
これからは無職が無職力を発揮して、サラリーマンを超える利益を上げる時なのだ。
いまこそ無職の力を解き放つ。
――無職力、卍解!
俺はモナコインを売り払い、買い直したイーサリアムと新しく購入した10万円分のイーサリアムをバイナンスに送る。
合計で1.56ETH。米ドル換算で約1165ドル。約13万円。元々20万だったことを思うと、少々悲しいが、仕方あるまい。
ちなみに卍解させておいて、なんだが、残りの10万円分のイーサリアムはそのままとっておく。普通にイーサリアムが値上がりするかもしれないからだ。
無職もリスクヘッジはするのである。
とにかくこれで本格的な仮想通貨の取引に参戦である。
まず購入したのはBNB。
取引所であるバイナンスが発行している通貨みたいなもので、これで手数料を払うと手数料が半額になるのだ。
半額も嬉しいのだが、バイナンスの利用者は激増中、っていうことは比例してBNBの価値も上がるんじゃないのか、そんな狙いだ。
次に買ったのはTRX、トロンだ。中国発の仮想通貨で、ゲームや動画などで使用することを狙っている通貨らしい。とにかく人気があって、購入者がウザイくらい盛り上がってる印象だ、
「このふたつがお兄ちゃんが買ったコインなんだね」
夏葉も興味深げにチャートを覗き込んでいる。
モニターに表示されているのはTRX、トロンのチャート。
取引量が多いために、値段の変動も激しい。
目まぐるしく変わる価格。
それに合わせて上下するチャート。
当然ながら上がれば儲かり、下がれば損をする。
「お兄ちゃん、すごい勢いだね。なんだか知らないけど棒が引っ込んだり伸びたり、赤いのと緑のがいっぱいで可愛いね」
「ああ……」
なにが可愛いものか、こいつの上がり下がりに金が掛かっているのだ。
通称ローソク足。
こいつは欲望の塊。仮想通貨ブームの熱に侵された男、女、若者、老人、中国人、日本人、アメリカ人、ブラジル人、世界中の人間たちの金銭欲のバロメーターだ。
いまこのトロンを購入している人間のほとんどがトロンのことなどよく知らない。
そもそもトロンはゲームや動画、エンターテイメント界隈で使用されると言っているが、まだ特になにもしていない。
ジャスティンとかいう若い代表が格好つけた写真を公式ページにのっけているだけだ。
世界中のほどんどの人がただお金が増やしたくて、買っているだけなのだ。
そしてそれは俺も同じ。
そんな欲望を乗せて伸縮するローソク。
「ぬうっ!」
俺はトロンを売却した!
「あれ、お兄ちゃん?」
夏葉が驚きの声を上げる。
無理もない、取引開始から30分で売却したのだから。
「ダメだ。なんか気持ちが悪い。そもそもジャスティンの顔が気に入らない」
俺は頬杖をついたイケメン若手社長など大嫌い。そんな奴の儲け話に乗るのも気乗りしない。
「だったら最初から買わなきゃいいのに? お金減っちゃった?」
「大丈夫だ、0.00005209で買って、0.00005312で売った」
利益としては数百円レベルだが、少なくとも損はしていない。
「それだったらいいけど、別に社長がイケメンでも良くない?」
「いや、ダメだ。もっと社長が不細工なおっさんの仮想通貨を探す」
俺は改めて購入する仮想通貨の選定に入る。
そして俺が選んだのはNEOだ。
「社長が不細工なの?」
「不細工ではないが、親しみやすい顔をしている。そして名前が〝ダ〟さんなのもなんかいい」
「なんか、いい名前だね。ダさん」
「通貨のNEOって名前もいい感じだ。俺はマトリクスが好きだからな」
「そうだよね。やっぱり好きなのを応援しないとね」
うんうんと大きく頷く夏葉。
こんな適当な理由でも納得してくれいるようだ。
そもそもNEOは中国版イーサリアムと言われる大きなプロジェクト。
すでにアプリなどの開発にも乗り出しており、ジャスティンのところのトロンよりもずっと進展している。
逆にその分だけ今後の伸びは少ないとも考えられるが、それでもこの仮想通貨ブームの中で、中国で最も地力のある通貨であるNEO。かなり安心感のある投資先である。
「よし、俺はNEOに賭ける。夏葉も同じ船の乗員だ。船長のダさんを信じて、仮想通貨の荒海へと漕ぎ出そう」
「わかった! 私はお兄ちゃんを信じるよ。そしてダさんも! 頑張れ! ダ!」
夏葉は拳を振り上げて、モニターに映るチャートを応援している。
相変わらず馬鹿がつくほどの素直さである。……もしかしたら、素直のつかない馬鹿かもしれないが。
とにかく、やたらとかっこいい名前の通貨、NEOに俺は自分の未来を託したのだった。
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