私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第67話

　重たい足取りで家の扉を開けると、お母さんの温かな声が迎えてくれた。

「おかえり、ご飯できてるよ」

　暖かい照明に照らされたリビングルームが見える。

「ごめん、あんまりお腹空いてないからいらない」

　心が重く、食欲も湧かなかった。

　靴を脱ぎながら、お母さんの優しい眼差しを感じた。

「何かあった？」

　お母さんが心配そうに尋ねる。

　キッチンから顔を出して、私を見つめている。

「何も無いよ」

　私は嘘をついた。

　心の中で不安が渦巻いていることを伝えたくなかった。

　リュックを肩から下ろし、ゆっくりと階段を上がる。

　階段を上がりきると、自分の部屋のドアが見えてくる。

　手を伸ばしてドアノブを回し、部屋に入る。
　部屋の中はひんやりとして静かだ。

　ベッドに腰掛け、深い息をつく。

　先輩の言葉を思い出しながら、自分を落ち着けようとする。

　窓から差し込む月の光が部屋を淡く照らしている。その光に少しだけ癒される。

　心の中で先輩の言葉を繰り返しながら、不安な気持ちを少しずつ解きほぐしていく。

　支えてくれる人がいることを再確認し、前に進む勇気を少しだけ持つことができた。


　すると突然、電話が鳴った。

　まさか…。

　驚きとともに心臓がドクドクと高鳴る。

　震える手で携帯電話を取り出し、画面を確認する。

　胸が痛むほど緊張しながら、心の中で恐怖が広がる。

　画面に表示されている名前を見て、ようやく息をつく。相手は遥希くんだった。

「も、もしもし」

「もしもし、心桜ちゃん？」

　遥希くんの声が聞こえる。

　その声に、少しだけ安心する。

「遥希くん。どうしたの？」

「ごめん、急に電話して」
「ううん。何かあった？」

　こんな時間に遥希くんが電話をかけてくるなんて、今まで一度もなかった。

　何か、あったんだろうか。

「相談したいことがあってさ。その…これから会議をするのはやめにしない？」

「え？会議をやめるって、どうして？」

　私は驚きつつ尋ねる。

　30分でも足りないぐらいなのにどうして、

「ただ…電話でもいいかなと思って」

　急にそんなこと、


「もしかして、私が先輩と帰れるように？」

　遥希くんは何も言わない。

「気を使わせちゃってごめんね。迷惑かけてるのは私の方なのに」

「そんなことないよ。ただ、俺が気になっただけで、」

　遥希くんは優しく答える。
　その言葉に胸が温かくなる。

「でも、もう文化祭まで1週間しかないから、電話よりも直接話した方が時間も有効に使えるよ。やるべきこともたくさんあるしね」

　準備が多すぎて、休む余裕がないことを伝える。

「そっか、分かった。でも、心桜ちゃんの気が変わったらいつでも言ってね」

　遥希くんは心配そうに言った。

　その優しさに、胸が温かくなる。

「ありがとう、遥希くん。ごめんね、」

　何度お礼を言っても、謝っても、足りないくらいだ。

「もう、さっきから謝ってばっかり。俺がしたくてしてるんだから、気にしないでってば」

「うん、ありがとう。それじゃあ、また明日。学校でね」

「うん、また明日」

　電話を切った後、私は少しだけ心が軽くなった。

　彼の優しさに感謝しながら、明日の準備に向けて気持ちを整えることにした。