私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第70話

「柊先輩がどうしてここに、」

　正直、学校に行くのが不安すぎて幻覚を見てるんだと思った。

　でも、どう考えても目の前にいるのは本物で。

「心配だったから」
と柊先輩が答える。

　その短い言葉に、私の胸が温かくなった。

「私が、襲われないように…？」

　先輩の言葉の意味を確かめたくなる。

「一緒に行こう」

　先輩は質問には答えずに、ただ優しくそう言った。

　何も言わないってことはそうってことだよね。

　先輩が自分のことを心配してくれていることが本当に嬉しかった。

　先輩と一緒にいることで、少しずつ恐怖が和らいでいくのを感じた。

「うん…！…あれ、沙紀先輩は？」

　私は周りを見渡しながら尋ねた。

　沙紀先輩の姿が見えないことに気づき、少し心配になる。

「病院に行くから遅れるって」

　沙紀先輩が病院に行く理由が気になる。
　病状が悪化したのかな。

　文化祭は参加できるんだよね。

「そっか、」

　沙紀先輩のことを思いながら、心の中で無事を祈る。

「寒いね」

　冷たい風が私達の間を吹き抜けた。

「そうだね、」

　私は肩をすくめながら答えた。

　寒さが身に染みる。

　すると先輩は何も言わずに私の手を握りしめた。

　その温かさに驚きつつも、同時にほっとした。

　彼の手の温もりが冷えた指先に伝わり、心が少しだけほぐれる。

　この瞬間、私は一人じゃないと思えた。

「寝れなかったの？」

　柊先輩が心配そうに尋ねる。

　そうだ。

　今日は、誰とも目を合わせずに過ごそうって思ってたのに。

　先輩が迎えに来てくれたことが嬉しくて、すっかり忘れてた。

「あ、分かる…？」

　自分の内面を見透かされているようで、少し恥ずかしさを感じる。

「凄く眠たそうだよ」

　笑っているけど、すごく心配してるのが伝わる。

「一度目が覚めちゃってね、」

　私はため息をつきながら答えた。

　昨夜の恐ろしい夢が頭をよぎる。
　現実にならないで欲しい。そう祈るしかなかった。

「心桜、」

　柊先輩が真剣な表情で呼びかける。

　その声に、私は一瞬緊張する。

「ん？」

　私は先輩の顔を見つめる。

　先輩の言葉を待ちながら、心の中で様々な思いが交錯する。

「心配しなくても大丈夫だよ」

　柊先輩が優しく言う。

「え？」

「一人にしないから」

　柊先輩が続ける。

「それって」

　私は先輩の言葉の意味を考える。

「心桜を絶対に危険な目に遭わせない」

　柊先輩が力強く言う。

「先輩…、」

　私は感謝の気持ちでいっぱいになった。

　先輩の優しさに触れるたび、心が少しずつ和らいでいく。

「ま、俺一人じゃどうにも出来ないから、遥希くんにも助けて貰わないとだけどね」

　柊先輩が冗談めかして言う。

「…そうだね」

　遥希くんにまで迷惑をかけてしまうのか。

　助けて貰ってばっかりで、少しも返せない私が情けない。

　遥希くんは私に助けてもらったなんて言うけど、きっと私を気遣ってついた嘘だ。

　甘えてばかりいる自分に腹が立って、やるせなくて仕方ない。


　こんな感情は初めてだ。