私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25

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第78話

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「っ…はっ…!」

 息を呑むようにして、勢いよく飛び起きた。

 夢の中の言葉がまだ耳に残っている。

 心臓は激しく鼓動し、汗が額を伝って流れていた。

 まるで心臓が胸から飛び出しそうなほどの緊張感だった。

 周囲を見渡すと、見慣れた寝室の輪郭がぼんやりと浮かび上がる。

 現実に戻るまでの数秒間、私は息を整えようと必死だった。

 深呼吸を繰り返しながら、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

「夢…か、」

 全部夢…。

 沙紀先輩を見かけたのも、先輩が電話をしていたのも、全部夢。


 だったら…どれだけ良かっただろう。

 本当は、先輩が電話を切ったあと、声をかけることなんて出来なかった。

 ただ、その場から動けず、沙紀先輩の背中を見つめることしか出来なかった。

 本当のことを知るのが怖かった。
 いや、沙紀先輩の気持ちを聞くのが怖かった。

 先輩の本当の姿を知った私は、どうすればいいのか分からず、ただ立ち尽くしていた。

 夢の中みたいに、劇の練習だったら良かったのに。

 時計の針は6時半を指していた。
 中途半端な時間に起きてしまった。

 今から寝ても、またあの夢を見てしまいそうで怖い。

 それに、寝れそうにもない。

 …起きるか。

 昨日は寝坊して、今日は早起きをする。
 最近まともな日がないや。

 そんな気持ちを抱きながら、私はベッドから降りた。

 疲れた体を引きずりながら、キッチンに向かう。

 キッチンには温かい光が差し込んでいる。

 お母さんがキッチンから顔を覗かせた。

「あら、今日は随分早いじゃない」

「うん…目が覚めた」

 私は少し眠たそうに答える。

「それじゃあ顔洗って朝ご飯食べちゃいなさい」

 お母さんの言葉に、私は小さく頷いた。

「分かった…」

 私は顔を洗うために洗面所に向かい、水を出して手ですくって顔を洗った。

 冷たい水が顔に触れるたびに、少しずつ心が落ち着いていくのを感じる。

「…はぁ、」

 鏡に映る自分の顔を見つめながら、深呼吸を繰り返す。

 まだ沙紀先輩のことを信じたい自分がいる。
 だって、あの沙紀先輩だよ?

 そんなことするわけ…

 だったら、あの電話は一体…

 信じたいけど、信じられない。
 その気持ちが心の中で揺れ動いている。


 "あなたが私から柊を奪ったんじゃない…!"


 夢の中で言われた言葉。

 沙紀先輩にそんな風に言われたことは一度もなかった。

 ただ、私が心のどこかで思っていたんだと思う。
 私は沙紀先輩から柊先輩を奪ったんだと。

 そんな罪悪感が、ずっとあった。

 沙紀先輩は優しいから、我慢してるだけなんだって。
 きっと、沙紀先輩は嫌いな子にだって優しくできる。


 沙紀先輩は、優しいんだよ…。
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