私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第79話

　そもそもあんな怖い人とどこで知り合ったっていうの？

　それに、報酬を払うって何？

　まだ高校生なのに。大金持ってるわけないよね。

　そうだ。

　夢を見てたんだ。

　夢と現実の区別がつかなくて、勘違いしてるだけ。


　そう、あれば悪い夢。

「夢なんだよ…」

　そう思わないと、壊れてしまいそうだから。

　洗面所から戻ると、キッチンのテーブルにはお母さんが用意してくれた朝ご飯が並んでいた。

　温かい味噌汁に焼き魚、そしてご飯と漬物。

　朝の空気と共に、その香りが心を落ち着かせる。

「いただきます」

　一口食べるごとに、少しずつ心の重さが取れていくのを感じる。

　お母さんの優しさが詰まった朝ご飯が、心にじんわりと染み渡る。

「次のニュースです」

　テレビを見ていると、ストーカー事件のニュースが流れてきた。

　画面には被害者や関係者のインタビューが映し出されていて、その内容に私は釘付けになった。

「帰り道につけられて…」

　自分と同じ境遇の人たちが、恐怖や不安に苦しんでいる姿を見て、心が痛んだ。

　そして、ふと沙紀先輩のことが頭をよぎる。
　まさか先輩が関わっているなんて…。

　いや、そんなはずない。

　私は自分に言い聞かせる。

　だけど、心の中には疑念が残る。

　ニュースの映像が次々と変わる中、私は胸の中で揺れ動く感情を押し殺しながら画面を見続けた。

　そもそもあれは先輩だったのかな。
　もしかしたら違う人の可能性だって…。

　柊先輩と一緒に帰ったってことが分かれば、

「心桜、何かあったの？」

　 お母さんが私の方を見て声をかけてきた。

　その問いかけに、一瞬驚いて顔を上げた。

「え、どうして？」

　私は少し戸惑いながら答えた。

「お箸が止まってるから」

　その言葉に、自分がぼーっとしていたことに気づいた。

「あ、ただぼーっとしてただけで。大丈夫だよ、何も無いから」

　私は笑顔で答えた。

　心配をかけたくないという気持ちが、少しだけ心に浮かんだ。

　男に脅されてるなんて、言えるわけない。
　さっきのニュースでも家族の方が泣いて悲しんでた。

　お母さんに悲しい思いさせたくない。

「文化祭の準備、大変みたいね」

　その言葉に、私は少しほっとした。
　特には勘繰られてないみたいだ。

「うん。でも楽しいよ」

　それは本当だった。

　何かしている時だけは、嫌なことも忘れられたからちょうど良かった。

「それなら良かった。それより、ゆっくりしすぎて遅刻しないようにね」

「うん」

　私は頷きながら答えた。

　温かい味噌汁や焼き魚の香りが心を落ち着かせる。

　一口一口を噛みしめながら、少しずつ気持ちが軽くなっていくのを感じた。

　最後の一口を飲み込むと、

「ごちそうさまでした」

　小さく呟いて、食器をシンクに置いた。

　そして、部屋に戻るために廊下を歩き始めた。


　自分の足音が静かな家の中に響く。