私の大好きな彼氏はみんなに優しい

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第84話

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「心桜ちゃん?」

 沙紀先輩の声が優しく問いかけてくる。

 その声を聞くたびに、腹が立ってしまう。

 ほんとに、心配するふりだけは上手なんだから。

 心の中でそう思いながらも、表情に出さないように努めた。

「あ、すみません、なんでもないです」

 顔に浮かぶ微笑みは偽りのものだ。

 先輩が私を騙すのなら、私だって騙さないと、フェアじゃないでしょ。

 心の中で湧き上がる感情を抑えながら、なんとか取り繕う。

「顔色悪いよ?」

 沙紀先輩の言葉に、心の中で怒りが湧き上がる。

 一体誰のせいで…。

 先輩の本性に気づいてしまったから、こんなにも苦しいんだ。

 その言葉を飲み込み、なんとか笑顔を保つ。

「…よく眠れなかったからですかね」

 先輩の悪夢を見たせいで、よく眠れなかったのだと言いたい。

 けど、言ってしまえば全てが崩れる。
 だから、言えない。

 先輩が私を裏切っていたことが現実となって、その恐怖が夢に現れる。

 多分、今日も明日も解放されることはない。

「もしかして、あの人のせいで?」

 沙紀先輩がさらに問いかける。

 彼女が黒だと確信しているからこそ、この言葉の裏にある意図を探りたくなる。

 どういうつもりで、そんな質問を。

「…はい。怖い夢を、見るんです」

 私は小さな声で答える。

 今はこう答えるしかないから。

「そんな…私にできることがあればいいのに、」

 本当は、嬉しいくせに。

 むしろ、先輩が何もしないでいてくれたら、私は平和に過ごせるのに。

「気にしないでください。私なら大丈夫です」

 大丈夫。
 この言葉は、先輩にとってはいい事じゃない。

「本当に、大丈夫?」

 柊先輩の優しい声が私の心を揺さぶる。

 先輩が本当に私のことを心配してくれていることが伝わってくる。

 その優しさに少しだけ心が和らぐと同時に、その心配が私の心に重くのしかかる。

「うん、大丈夫」

 私は微笑んで答えた。

 どうにかして自分を元気に見せたかった。

「本当に何かあったら、いつでも言ってね」

 貴方に相談することなんて、何も無い。
 あなたを信用することも、頼ることもしない。

 二度と、騙されたりなんかしない。

「はい。ありがとうござい…」

 その時、私の携帯電話が突然鳴り始めた。

 画面を見ると、非通知だけど見覚えのある番号が表示されている。

 その瞬間、胸が締め付けられるような不安が走る。
 この番号は、あの男のものだ。

 いつもとは違う時間にかかってくるその電話に、一層の不安が広がる。


 次は、何を企んでるんだ?


 取るべきか、取らないべきか、少し悩んだ。


 だけど、もう逃げないって決めたから。


 震える手で携帯を取り出し、耳に当てた。





「…もしもし」
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