私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25

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第110話

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 遥希くんが肩をすくめて少し照れたように笑いながら言ったその言葉に、私は一瞬手を止めた。

 荷物をまとめていたはずの手が固まって、彼の言葉が頭の中でぐるぐる回り始める。

 冗談めいているけれど、本気が混じっているのが分かるその言葉に、胸がざわついた。

「…そんなこと言われたら、断れなくなっちゃうじゃん」  

 口から自然に出たその言葉には、彼に対する感謝とも、困惑とも取れる不思議な感情が込められていた。

 その言葉に遥希くんはさらに笑みを浮かべ、何事もなかったかのように片付け作業を続ける。

「それが狙いなんだけどね」  

 遥希くんが軽く笑いながら答えた。

 私は何も言わず、再び荷物をまとめる手を動かした。

 散らばっていたペンや紙が整えられていくにつれて、文化祭準備の余韻が少しずつ形を成していく。

 遥希くんとは恋愛感情ではなく、その言葉には友情の温かさがあることを分かっている。

 それでも、遥希くんの真剣な表情を見たとき、心が微妙に揺れ動く自分がいた。

 柊先輩と遥希くんの存在が、自分の中で交錯しているのかもしれない。

 それをしっかり整理するには、もっと時間が必要みたいだ。

 準備を終え、教室を出て廊下を歩き始めた。

 廊下に出ると、冷たい夜風が少し体に触れるような感覚がした。

 夜の校舎はひんやりと静まり返り、昼間の賑やかさが嘘のように感じられる。

 蛍光灯の光が冷たく床に反射し、二人の足音が静かな空間に響いている。

 そんな静けさの中、背後から突然声が聞こえた。

「あ、遥希ちょっといいか?」  

 振り返ると、担任の先生が私たちに声をかけている。

 私たちは足を止め、遥希くんが少し驚いた様子で先生を見た。

「あ、はい」  

 遥希くんはすぐに返事をし、先生の方へ歩き出す。

「心桜ちゃん、下駄箱前で待ってて」  

 遥希くんがこちらを向き、軽く手を挙げながら言った。

「分かった。待ってるね、」

 私は微笑みながら答えた。

 遥希くんの姿が先生とともに廊下の奥へと消えていくのを見送りながら、ゆっくりと下駄箱へ向かう。

 静かな廊下に足音だけが響き、夜の校舎の冷たい空気が肌に触れる。

 窓の外に目を向けると、夜空が広がっていた。

 月の柔らかな光が校舎の窓に映り込み、その光が廊下を淡く照らしている。

 文化祭の準備で疲れた体を引きずりながら進む足は少し重いけれど、この静けさが心に染み渡るような気がした。

 階段を降りるとき、ふと胸の奥に不安が広がるのを感じた。

 この感じ、なんだか嫌だなぁ。
 まるであの日みたいに…。

 静まり返った校舎の中で、足音だけが響いている。

 その音が妙に大きく感じられ、周囲の静けさが緊張感を生み出しているようだった。

 その時、廊下から声が聞こえてきた。  

「…あなたのせいで、柊はあの女のことばっかり…!」  

 その声に耳を立てると、胸がひんやりと冷たくなるような感覚がした。 


 ────この声、沙紀先輩だ。


 怒りに満ちた声が廊下を貫き、電話の相手に向けられていることはすぐに分かる。



 相手が誰なのか、聞くまでもない。
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