私の大好きな彼氏はみんなに優しい

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第109話

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 夜の教室は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 蛍光灯の白い光が机の上を照らし、私たちの影を長く伸ばしている。

 私は目の前に広げられた提出用の記録用紙を見つめながら、その日の進捗や取り組んだことをペンで書き込んでいた。

 床には散らばった画材や文化祭準備に使った材料があり、それが今日一日を物語っているようだった。

「文化祭もう少しだね」  

 遥希くんの声が静かな教室に響いた。

 その一言に、私は手を止めて彼の方を見た。

 彼はペンを握りながら記録用紙に視線を落としている。

 その何気ない一言に、ふと文化祭までのカウントダウンを感じさせられた。

「うん。忙しくてあっという間だったね」  

 私は微笑みながら答えた。

 文化祭の準備に追われて忙しかったけど、その分充実感もある準備期間だったな。

「あとは前日に飾り付けして…」  

 遥希くんが記録用紙を机に置きながら言った。

 その声には、どこか安心感が漂っていて、私も自然と頷いた。

「衣装ももう少しで完成するって」  

 クラスメイトたちが一生懸命取り組んでいる姿が頭に浮かび、胸がじんわりと温かくなる。

「順調だね。今日はこれぐらいにして帰ろっか」  

 彼が立ち上がりながら言ったその言葉に、私はペンを置いた。

「うん。…あ、今日から送ってもらわなくても大丈夫」  

 私は少し間を置いて口にした。

 その言葉を言いながら、胸に微妙な緊張感が生まれるのを感じた。

 遥希くんが驚いたように顔を上げ、私をじっと見つめる。

「え、どうして」  

 遥希の問いかけに私は下を向き、記録用紙の隅を無意識に触れていた。

 どう説明すればいいのか考えながら、言葉を選んでいる自分がいた。

「あの人は、しばらく来ないから」  

 絞り出すように言葉を紡いだその瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。

「あいつと話したの?」  

 彼が少し鋭い口調で問いかけてきた。

 その声に胸がざわつき、私は短く答えた。

「電話でね」

 文化祭の時に彼が来ることは、どうしても言えない気がした。

「そうなんだ、」  

 遥希が視線を遠くに向けながらつぶやいたその言葉に、微妙な空気が流れる。

「ごめんね、今まで迷惑かけて」  

 私は顔を上げて遥希くんに謝った。

 来ないと分かっていたら、遥希くんに迷惑かけることもなかったのに。

「…悪いけど、心桜ちゃんを一人にさせる気はないよ」  

 遥希くんがきっぱりと言い切ったその言葉に、私は目を見開いた。

 視線を彼に向けたまま、何も言葉を返せない自分がいた。

 その真剣な表情に胸がぎゅっと締め付けられる。

「え?」  

 ようやく声を出してみるものの、その声は震えていた。

 彼の真剣な表情に、心が揺れ動いていた。

「あの男の言うことなんて信じられると思う?」  
 彼の言葉が冷静に響く。

 その質問が核心を突いているようで、私は再び視線を机に落とした。

「でも、」  

 短く言葉を続けようとするが、思考がまとまらず言葉が詰まる。

「今はそうだとしても、急に気が変わったりするかもよ」  

 彼が少し穏やかな口調で続ける。

 その言葉が胸の奥に重たく響きく。

「それは、そうだけど」  

 言葉を探しながら絞り出すように答えた。

 その声が頼りなく感じられるのは、私自身が一番分かっていた。




「っていうのは言い訳で、俺が心桜ちゃんと帰りたいだけなんだよね、」  
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