私の大好きな彼氏はみんなに優しい

第108話

「謝らなくてもいいでしょ。向こうだって沙紀先輩と二人きりで過ごすこと、たくさんあるのに」  

　咲月がシールを貼りながらあっさりと言い切る。

　その言葉に、私は少しだけ顔を上げて彼女を見た。

　そうかもしれないと思う反面、それだけで解消できない感情があるのも事実だった。

「そうかなぁ、」  

　ぼんやりと返事をしながら、手元のポスターに視線を戻す。

　謝らなくてもいい。
　胸の奥でその言葉を反芻した。

　本当にそれでいいのかと、自分に問いかけてしまう。

　自分の中で何かが引っかかっているのを感じた。
　それがどうしてなのかは、私にもよく分からない。

「そうだよ。同じことしてるのに責められる筋合いないっての」  

　咲月が自信満々に言い切る。

　同じ…か。

　だけど、本当にそうなんだろうか。

　私が抱えている感情は、単純な比較で片付けられるものじゃない気がしていた。

「心桜？」  

　咲月が私の様子を気にして声をかけてきた。
　その声で、ハッと我に返る。

「ん？」  

　顔を上げて答えるけど、自分が無意識に考え込んでいたことに気付き、少し驚いてしまった。

「…いや、なんでもない」  

　咲月は一瞬何か言いかけたものの、それ以上は続けなかった。

　その優しさに甘えてしまう自分がどこか情けなく思えた。

「まぁ、ちゃんと話せたらいいね」  

　咲月が柔らかく微笑みながら言った。

　その言葉に、私は心がじんわりと温かくなるのを感じた。

「うん…時間空いたらうやむやになっちゃうし…。今日電話しようかな」  

　少しずつ自分の中の気持ちが整理されていく。

　咲月の言葉が背中を押してくれるようで、自然と次の行動が浮かんできた。

　家に帰ったらちゃんと電話して、先輩の気持ちを聞こう。

　顔を見て話したいけど、早い方がいいよね。

「うん。それがいいよ」  

　彼女が肯定してくれるその一言に、また少し安心感が広がった。

「いつもありがとね。それと、私ばっかり相談乗ってもらってごめんね、」  

　その言葉が本心から出たものであることが、自分でもよく分かっていた。

　最近はとくに、色んな人に支えてもらってる。

　それなのに、一つも返せてないのが悲しくて、申し訳ない。

「もうっ。そんなこと言うなんて水臭いなぁ」  

　咲月が軽く肩を叩きながら笑ってくれる。

　その明るさが私をまた前向きにさせてくれる。

「咲月も何かあったら言ってね。私の力になれることであれば全力で力になるから」  

　彼女にとって少しでも力になれればいいと心から思いながら言葉を続けた。


「ふふっ。ありがとね」  


　咲月が少し照れくさそうに笑いながら返事をする。

　その笑顔を見て、私の胸の中にあった重たいものが少しずつ溶けていくのを感じた。