私の大好きな彼氏はみんなに優しい

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第107話

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 教室の中は文化祭の準備で賑やかだった。

 机を移動させたり、装飾を作ったりと、クラスメイトたちがそれぞれの役割をこなしている。

 私と咲月は、教室の隅でポスターの仕上げをしていた。

 カラフルなペンやシールが散らばる机の上で、手を動かしながら会話が自然と始まる。

「先輩と喧嘩でもしたの?」  

 咲月がふと切り出したその言葉に、一瞬胸がドキッとする。

 ペンを握ったまま、胸が少しざわつく。

 考えたくなかった部分を的確に突かれたような気がして、私は手を止めて彼女を見た。

「え?」  

 とぼけるように返事をするが、声が少し上ずっているのが自分でも分かった。

 咲月は私の反応を見て、少しだけ笑みを浮かべる。

「さっき様子がおかしかったから」  

 そう言いながら、ポスターに貼るシールを手に取る。

 さっき先輩と廊下で会った時、私の様子がおかしかったから勘づいたのか。

「喧嘩…ではないんだよね、」  

 私はペンを動かしながら答えた。

 絵の輪郭をなぞる手が少しだけ震えているのを感じる。

 私はなんとか言葉を紡ぎながらも、その内容に確信が持てない自分がいた。

 喧嘩というほどでもないけれど、解消できていない気まずさが胸の中でくすぶっている。

 むしろ喧嘩なら良かったんだけど…。
 多分、お互い何を考えているのか分からない。

 …よく考えてみれば、

 今まで先輩の気持ちをろくに聞こうとしなかったかも知れない。

 勝手に分かった気になって、一方的に私の気持ちを押し付けていたのかも…。

「遥希のことでしょ」  

 咲月が微笑むように言った。

 さらりと言ったその一言に、私は思わずペンを止めた。

 その視線は優しいけれど、まるで全て見透かされているように感じられて、胸が締め付けられる。

「…分かる?」  

 私は小さな声で尋ねる。

「そりゃあねぇ、」  

 咲月が軽く肩をすくめて微笑む。

 その何気ない仕草が、少しだけ私の緊張を和らげてくれる。
「まだちゃんと話せてないんだよね、」  

 視線を膝の上に落としながらつぶやくように言った。

 その言葉を口にした瞬間、胸の中のモヤモヤが少しだけ形を持ったように感じた。

 あの時の、先輩の表情が忘れられない。

「そっかー」  

 咲月が短く応じる。

 その声には変に励ますことなく、ただ寄り添うような優しさが感じられた。

「なんて話せばいいかも分からないし、謝るのもなんか違うって言うか、」  

 私はペンを置き、机の上に広げたポスターをじっと見つめた。

 自分の気持ちをどう整理すればいいのか分からず、迷いがそのまま言葉に現れている。

 やっぱり、謝るべきなのかな…。

 それで変に誤解されても、きちんと向き合って話をしなくちゃいけないのかもしれない。

 どんな形であれ、相手の気持ちと向き合わずには、きっとこの曖昧な関係は終わらないのだろう。 

 どこか逃げているような気がしてならなかった。

 でも…それが本当に正しい方法なのか、言葉にする自信がまだ持てないまま。



 このままでは進めないことだけは、間違いなかった。
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