私の大好きな彼氏はみんなに優しい

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第106話

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 午後の授業が終わり、移動教室から教室へ戻る廊下を歩いていた。

 横に咲月が並んで歩き、軽くため息をついて呟いた。

「疲れたねぇ」

 授業を受けた後に文化祭の準備とか、そんな体力有り余ってねぇっつーの。

 なんてボヤいている。

「そうだね」

 それでも今日最後の授業だったことを思い出し、少しだけ肩の力が抜ける。

 廊下には午後の陽射しが差し込み、窓から見える校庭がどこか穏やかな雰囲気を醸し出している。

「でもまぁ、なんやかんや言ってもこの瞬間が、一番青春だったりするんだろうけどね」

 その言葉に、なんだか少しだけ元気を取り戻せた気がした。

 少し先に教室が近づいてきたころ、視界の中に先輩と沙紀先輩が並んで歩いている姿が目に入った。

 その瞬間、胸がドクンと大きく鳴る。

 一緒に、いるんだ…。

 胸がキュッと締め付けられる。

 二人が並んでいることに、いつも以上に敏感になってる。

 昼休みの遥希くんとの出来事が頭をよぎり、それがさらに微妙な気まずさを引き起こしていた。

 人のこと、言えないんだよね。

 すれ違うタイミングで、お互いの目が合う。

「先輩…」  

 思わず声が漏れた。

 沙紀先輩が隣で話していた言葉が途切れる。

 その場の空気が少しだけ重く感じられるのは、私だけだろうか。

 視線を少しだけ向けると、先輩もこちらを見ていた。

 その表情には何か微妙な感情が浮かんでいるように感じた。

 それが何なのか分からず、胸がざわつく。

 咲月が小声で「大丈夫?」と聞いてきたけれど、それに答える余裕もなかった。

「心桜…移動教室?」  

 先輩が柔らかい声で問いかける。  

 その声が心の奥深くまで響き、視線を向けるべきか迷ったが、自然に目が合ってしまう。

「うん、」  

 なんとか返事をしたけれど、その後どう話を続けるべきか分からない。

 その声が少し震えているのを感じながら、先輩と目を合わせたまま言葉を探していた。

「そっか、お疲れ様」  

 その声はいつもなら心に安心感を与えてくれるのに、今日はそれを素直に受け取れない自分がいた。

「ありがとう。先輩もお疲れ様」  
 私はなんとか笑顔を作って言葉を返す。

 ぎこちなさを隠したつもりだったけれど、思った以上に表情が固かったかもしれない。

 先輩の顔をまっすぐに見ることさえ難しく感じた。

「ありがとう、」  
 先輩が短く返してくれる。

 その瞬間、昼休みに話しそびれたことが頭をよぎる。

 今こそ話すべきなのか、それともこのタイミングは避けるべきなのか。

 心の中で葛藤が渦巻き、言葉が詰まった。

 いつもならもっと話せるのに。

 話したいことがたくさんあるのに、言葉がうまく口をついて出てこない。

 自分の中で何かを恐れているのが分かり、それがさらにもどかしく感じられる。

「それじゃあ、また明日、」  

 本当は、こんなに簡単にさよならしたくないって思ってるのに。

 空気に耐えられなくてそう言ってしまった。

「うん。気をつけて帰ってね」  

 優しい声を返してくれる。
 その声がどこか切なく感じられる。

「ありがとう、」  

 そう言うと先輩は優しく笑いながら去っていった。

 その背中を見つめながら、私は立ち尽くしたままだった。

 心の中に生まれた微妙な感情は、先輩との会話にまで影を落としてしまっているようで、胸がさらにざわついた。

 教室へ向かう足取りが急に重たく感じられる。
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