幽冥の涙を探して

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1話 夢織

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「とうくん! 見て見て!」
「なあにい?」
 冬が終わったある日。ピンク色のつぼみが膨らみ、春を告げる柔らかな風が吹く。太陽が地平線から顔を出し、燦々とした光が地に降り注いだ。照らされた先……病院の小さな1部屋に集まる4人。
「わぁ……!」
 5歳の男の子、十織とおりは目を輝かせ息を呑んだ。父親に抱きかかえられ、その子まじまじと見つめる。母親の腕に抱かれた尊い命。目を瞑り、気持ちよさそうに眠っている。ピンク色の花のような鼻、もちもちふわふわな頬。女の子だ。既に名前は決まっており、名札には「境井夢織ちゃん」と真ん丸な文字で書かれていた。
「なんていうの?」
 十織は身を乗り出し、興味津々に尋ねた。
夢織ゆおりちゃんよ。ゆめちゃんって呼んでね」
 母親は顔を動かし、ゆっくりと答えた。父親が十織の身体を寄せ、腕の中におせめる。十織はきょとんと首を傾げた。
「ゆおり……?」
「そう。夢織ちゃん。女の子だよ」
 父親は十織の頭を撫でて笑った。そして、十織は父親の腕にしがみつき、近くで見ようと顔を動かす。――も、父親の制止が早い。結局、十織は母親の手に触れることができなかった。
「十織は夢織ちゃんのお兄ちゃんなんだよ」
「おにいちゃん? それってすてきなこと?」
 十織は進むのをやめ、目を輝かせて微笑む。弾ける笑顔に、父親の心は射抜かれ夢中になってしまうほど。母親は十織を見ながらも、夢織を抱き現実を噛み締める。
「そうだよ。とても素敵なことだ。詩織が命をかけて夢織を産んでくれた。これから、十織はお兄ちゃんとして生きていくんだよ」
「おにいちゃん……! すき……!」
 純粋な子供。十織は新たな命に拒絶することなく、家族として受け入れた。るんるんと歌まで歌って、リズムに乗ってご機嫌である。
「ねえ、ゆおりってどういういみなの?」
 何気ない質問に、父親が十織を抱きしめて答える。
「そうだった。話してなかったな。詩織」
 父親は母親を呼び、母親は、親指に巻き付く手のぬけもりを感じた。愛しい感情が沸き上がり、柔らかな眼差しに十織は、今か今かと待ちわびた。
「私はね、この子と出会うことが夢だったの。そして、十織がお兄ちゃんになることが」
 母親は十織を見つめたあと、目を閉じて確かな感触に感謝した。問題も滞りもない。ふたりの子供……十織の妹……夢織は産まれた。境井家の第二子として。健康で、元気な女の子。産まれた瞬間、ふたりは涙を流し、母親の腕で命を実感した。夢織の誕生の瞬間。母親である境井詩織は、産まれてくる赤ちゃんに会うことが夢だった。そう、夢は叶ったのだ。
「そして、俺たちの共通点である『織』を使ってね」
「うん……?」
 よくわからないと足をぶらぶらさせる十織に、母親は説明を始めた。
「あなたは十織で、お父さんが伊織、お母さんが詩織でしょう」
 気付いた十織は、口を大きく開けて瞬きを3回した。どうやら、境井家の共通点は……4人の名前に「織」が含まれていることだった。
「みなおりおり……」
 そう十織がつぶやき、背中を倒して父親に寄りかかった。父親は十織の頭を撫で、さらさらな髪を梳かし始める。十織はくすぐったかったようで、ふるふると首を動かした。
「そうだな。お父さんとお母さんが同じ名前だからね」
「私たちは家族よ」
 父親・伊織と母親・詩織、ふたりの子供……夢織。
 ずっとあなたに会いたかった。
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