血に塗れた氷の騎士

fireworks

文字の大きさ
2 / 51

2話 氷の騎士

しおりを挟む
2話 氷の騎士
 人生に物語のようなエンディングはない。そう知ってからも、終わりの見えない毎日を生きていた。
「よし、いい感じ」
 平々凡々で特徴も起伏もない日常。それでいて変化を恐れる不安定な心。とりとめのないことを考えては、身体を動かす信号を止める。戻らない過去のことを振り返り、思い出に触れようと手を伸ばす。でも感触はなくて、道標もぐちゃぐちゃで奥まで追えない。しまいには、「なぜ」なのか「こう」なのかと疑問を浮かべて脳に貼り付ける。
「これを提出して……と」
 正解なんて、何ひとつないのに。
「ふぅ……疲れた……」
 2日間徹夜して、ようやくノルマをクリアした。いや、正確にはノルマではないのだけど……ただ自分で決めているだけ。別にだれかの命令でもないし、期限はないし、やらないというデメリットがない。ただ、「そうしないと」と思うことで、虚無感すれすれを這って、自我の糸を引っ張れるから。
 今回製作したものは、身体から出た血液を固めてノリのように剥がせる特別な魔法薬だ。研究を始めて5年、やっと試作品が出来上がった。血の滲むような思いが、今日でやっと1段階進んで、落ち着いてきた。
「もう、無理……」
 試作品をテーブルに置き、資料まみれの床に寝転ぶ。両手を限界まで広げて大の字になって、大きく息を吐いた。勝手に瞼が閉じてきて、余計な数式が頭から抜ける。端から見ると部屋はとんでもなく汚いけれど、今の俺には、幼きころの秘密基地にしか見えない。一番のお気に入りは――サイドテーブルに置かれた一体の人形。そこだけはいつも清潔にしている。
 ――氷の騎士。
 俺が好きな昔話に登場する、屈強な女性の騎士。あまりの強さに対戦相手を失い、孤独に陥り、凍ってしまった。心の氷を溶かすには、騎士が本当の幸せを掴み、抑圧された感情を開放しなければいけない。けれど、何が起きるかわからず、近づく人などだれもいなかった。自分も凍らされてしまうかもしれない、そんな恐れが人々の根底にあった。
 数十年経過し、変わり者の音楽家が、凍った騎士を家に持ち帰った。音楽の無限の可能性を信じていた彼は、オリジナルの曲を演奏した。残念ながら世間では売れなかったけど、彼にとって宝物だったから。演奏すること数か月、温かい曲と音楽家の気持ちが、騎士の凍った心を溶かした。そして、騎士は心と身体を取り戻し、音楽家と共に演奏を続けた……と。
 ――氷の騎士。忘れもしない、乳母のマリアンヌから誕生日プレゼントとして贈られた大切な人形だ。その名の通り全身真っ白で、非常に精巧に作られている。白銀の髪が流れ、瞳は青く染まり、綺麗な顔をした人形。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

どうかこの偽りがいつまでも続きますように…

矢野りと
恋愛
ある日突然『魅了』の罪で捕らえられてしまった。でも誤解はすぐに解けるはずと思っていた、だって私は魅了なんて使っていないのだから…。 それなのに真実は闇に葬り去られ、残ったのは周囲からの冷たい眼差しだけ。 もう誰も私を信じてはくれない。 昨日までは『絶対に君を信じている』と言っていた婚約者さえも憎悪を向けてくる。 まるで人が変わったかのように…。 *設定はゆるいです。

【完結】時計台の約束

とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。 それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。 孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。 偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。 それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。 中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。 ※短編から長編に変更いたしました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます

しゃーりん
恋愛
ソランジュは婚約者のオーリオと結婚した。 オーリオには前から好きな人がいることをソランジュは知っていた。 だがその相手は王太子殿下の婚約者で今では王太子妃。 どんなに思っても結ばれることはない。 その恋心を王太子殿下に利用され、王太子妃にも利用されていることにオーリオは気づいていない。 妻であるソランジュとは最低限の会話だけ。無下にされることはないが好意的でもない。 そんな、いかにも政略結婚をした夫でも必要になったので返してもらうというお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...