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2話 氷の騎士
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2話 氷の騎士
人生に物語のようなエンディングはない。そう知ってからも、終わりの見えない毎日を生きていた。
「よし、いい感じ」
平々凡々で特徴も起伏もない日常。それでいて変化を恐れる不安定な心。とりとめのないことを考えては、身体を動かす信号を止める。戻らない過去のことを振り返り、思い出に触れようと手を伸ばす。でも感触はなくて、道標もぐちゃぐちゃで奥まで追えない。しまいには、「なぜ」なのか「こう」なのかと疑問を浮かべて脳に貼り付ける。
「これを提出して……と」
正解なんて、何ひとつないのに。
「ふぅ……疲れた……」
2日間徹夜して、ようやくノルマをクリアした。いや、正確にはノルマではないのだけど……ただ自分で決めているだけ。別にだれかの命令でもないし、期限はないし、やらないというデメリットがない。ただ、「そうしないと」と思うことで、虚無感すれすれを這って、自我の糸を引っ張れるから。
今回製作したものは、身体から出た血液を固めてノリのように剥がせる特別な魔法薬だ。研究を始めて5年、やっと試作品が出来上がった。血の滲むような思いが、今日でやっと1段階進んで、落ち着いてきた。
「もう、無理……」
試作品をテーブルに置き、資料まみれの床に寝転ぶ。両手を限界まで広げて大の字になって、大きく息を吐いた。勝手に瞼が閉じてきて、余計な数式が頭から抜ける。端から見ると部屋はとんでもなく汚いけれど、今の俺には、幼きころの秘密基地にしか見えない。一番のお気に入りは――サイドテーブルに置かれた一体の人形。そこだけはいつも清潔にしている。
――氷の騎士。
俺が好きな昔話に登場する、屈強な女性の騎士。あまりの強さに対戦相手を失い、孤独に陥り、凍ってしまった。心の氷を溶かすには、騎士が本当の幸せを掴み、抑圧された感情を開放しなければいけない。けれど、何が起きるかわからず、近づく人などだれもいなかった。自分も凍らされてしまうかもしれない、そんな恐れが人々の根底にあった。
数十年経過し、変わり者の音楽家が、凍った騎士を家に持ち帰った。音楽の無限の可能性を信じていた彼は、オリジナルの曲を演奏した。残念ながら世間では売れなかったけど、彼にとって宝物だったから。演奏すること数か月、温かい曲と音楽家の気持ちが、騎士の凍った心を溶かした。そして、騎士は心と身体を取り戻し、音楽家と共に演奏を続けた……と。
――氷の騎士。忘れもしない、乳母のマリアンヌから誕生日プレゼントとして贈られた大切な人形だ。その名の通り全身真っ白で、非常に精巧に作られている。白銀の髪が流れ、瞳は青く染まり、綺麗な顔をした人形。
人生に物語のようなエンディングはない。そう知ってからも、終わりの見えない毎日を生きていた。
「よし、いい感じ」
平々凡々で特徴も起伏もない日常。それでいて変化を恐れる不安定な心。とりとめのないことを考えては、身体を動かす信号を止める。戻らない過去のことを振り返り、思い出に触れようと手を伸ばす。でも感触はなくて、道標もぐちゃぐちゃで奥まで追えない。しまいには、「なぜ」なのか「こう」なのかと疑問を浮かべて脳に貼り付ける。
「これを提出して……と」
正解なんて、何ひとつないのに。
「ふぅ……疲れた……」
2日間徹夜して、ようやくノルマをクリアした。いや、正確にはノルマではないのだけど……ただ自分で決めているだけ。別にだれかの命令でもないし、期限はないし、やらないというデメリットがない。ただ、「そうしないと」と思うことで、虚無感すれすれを這って、自我の糸を引っ張れるから。
今回製作したものは、身体から出た血液を固めてノリのように剥がせる特別な魔法薬だ。研究を始めて5年、やっと試作品が出来上がった。血の滲むような思いが、今日でやっと1段階進んで、落ち着いてきた。
「もう、無理……」
試作品をテーブルに置き、資料まみれの床に寝転ぶ。両手を限界まで広げて大の字になって、大きく息を吐いた。勝手に瞼が閉じてきて、余計な数式が頭から抜ける。端から見ると部屋はとんでもなく汚いけれど、今の俺には、幼きころの秘密基地にしか見えない。一番のお気に入りは――サイドテーブルに置かれた一体の人形。そこだけはいつも清潔にしている。
――氷の騎士。
俺が好きな昔話に登場する、屈強な女性の騎士。あまりの強さに対戦相手を失い、孤独に陥り、凍ってしまった。心の氷を溶かすには、騎士が本当の幸せを掴み、抑圧された感情を開放しなければいけない。けれど、何が起きるかわからず、近づく人などだれもいなかった。自分も凍らされてしまうかもしれない、そんな恐れが人々の根底にあった。
数十年経過し、変わり者の音楽家が、凍った騎士を家に持ち帰った。音楽の無限の可能性を信じていた彼は、オリジナルの曲を演奏した。残念ながら世間では売れなかったけど、彼にとって宝物だったから。演奏すること数か月、温かい曲と音楽家の気持ちが、騎士の凍った心を溶かした。そして、騎士は心と身体を取り戻し、音楽家と共に演奏を続けた……と。
――氷の騎士。忘れもしない、乳母のマリアンヌから誕生日プレゼントとして贈られた大切な人形だ。その名の通り全身真っ白で、非常に精巧に作られている。白銀の髪が流れ、瞳は青く染まり、綺麗な顔をした人形。
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