30 / 51
30話 踊らされてんだよ
しおりを挟む
30話 踊らされてんだよ
トイレで、歯を磨いたり手を洗ったりして身だしなみを確認した。服のしわなし、ヨレなし、ネクタイの歪みなし。髪の毛ははねていないか、鼻毛は出ていないか。うん、問題なし。鏡から離れ、荷物を抱えて図書室へと向かった。3階の手前にあるから、駆け下りれば一瞬で着く。
「え? 本当にあいつ来るかな?」
「うっわ! ちょあそこ見て見て! あれ……」
「あんな嘘信じるやついるの?」
「ばーか。お前は踊らされてんだよ」
不安が渦巻き、過去の記憶を呼び起こす。学生時代、雨がよく降る季節、1枚の手紙をもらったこと。上質な紙に、赤い薔薇の刻印。透かしても文字が見えないから、何か大事なものかと思っていたけど。中身を確認して、時間通りに中庭で待った。結局それは中身のない、クラスメートの考えた悪ふざけ。途中で雨が降ってきて、傘を差していたけど、何の意味もなかった。
約束の時間になっても手紙の送り主は現れなかったから。
(俺はなんて馬鹿なのだろう。家族から嫌われていて、クラスメートからも嫌われているなんて単純なことにも気づけない。愚かで惨めで情けない)
フローリアが何を考えているのかわからない。過剰な自己防衛が働く。結局あのクラスメートと同じで、同じで……。
「……どうしたのですか」
気力で階段を上って図書室の前までやってきた。その後ろにはフローリアがいて、疑問を向けられる。ドアの前で立ち尽くしていたら不自然に思うことは普通だ。ひとまず、笑ってその場を取り繕うことにした。
「少し考え事をしていただけです」
「そうですか」
このときは、特に追及されることはなかった。彼女はジャケットのポケットから職員証を取り出し、受付に見せる。俺も同じものを見せて中に入り、ドアが閉められた。このアカデミーには、2種類の図書室がある。ひとつは学生と教師が使用する一般的な図書室、もうひとつは専門的で難解な本を集めた上級者向けの図書室だ。今回、フローリアが選んだところは後者だった。受付で職員証を見せれば、閉校時間までいつでも出入り可能だ。ここで本を借りて読むほか、勉強もできる。校舎の隅にあるため、学生が通ることもなく静かで落ち着く空間だ。
「少し聞きたいことがありまして。……」
「はい」
彼女は手前の座席を選び、バッグから4冊の本を出して広げた。学園長から聞いた話だと、フローリアは努力を惜しまない人で、毎日欠かさず勉強をしているのだそう。「最高の逸材だ」と嬉しそうに語っていた。今のこの時間も、無駄にはしないのだろう。地頭がいい。それでいてすぐ調子に乗らない。堅実な人だ。
「どうして、フローリアは騎士道を極めたのですか?」
と聞くと、珍しく彼女が答えてくれた。はぐらかされると思っていたのに。
「……生きる手段として選んだだけです」
トイレで、歯を磨いたり手を洗ったりして身だしなみを確認した。服のしわなし、ヨレなし、ネクタイの歪みなし。髪の毛ははねていないか、鼻毛は出ていないか。うん、問題なし。鏡から離れ、荷物を抱えて図書室へと向かった。3階の手前にあるから、駆け下りれば一瞬で着く。
「え? 本当にあいつ来るかな?」
「うっわ! ちょあそこ見て見て! あれ……」
「あんな嘘信じるやついるの?」
「ばーか。お前は踊らされてんだよ」
不安が渦巻き、過去の記憶を呼び起こす。学生時代、雨がよく降る季節、1枚の手紙をもらったこと。上質な紙に、赤い薔薇の刻印。透かしても文字が見えないから、何か大事なものかと思っていたけど。中身を確認して、時間通りに中庭で待った。結局それは中身のない、クラスメートの考えた悪ふざけ。途中で雨が降ってきて、傘を差していたけど、何の意味もなかった。
約束の時間になっても手紙の送り主は現れなかったから。
(俺はなんて馬鹿なのだろう。家族から嫌われていて、クラスメートからも嫌われているなんて単純なことにも気づけない。愚かで惨めで情けない)
フローリアが何を考えているのかわからない。過剰な自己防衛が働く。結局あのクラスメートと同じで、同じで……。
「……どうしたのですか」
気力で階段を上って図書室の前までやってきた。その後ろにはフローリアがいて、疑問を向けられる。ドアの前で立ち尽くしていたら不自然に思うことは普通だ。ひとまず、笑ってその場を取り繕うことにした。
「少し考え事をしていただけです」
「そうですか」
このときは、特に追及されることはなかった。彼女はジャケットのポケットから職員証を取り出し、受付に見せる。俺も同じものを見せて中に入り、ドアが閉められた。このアカデミーには、2種類の図書室がある。ひとつは学生と教師が使用する一般的な図書室、もうひとつは専門的で難解な本を集めた上級者向けの図書室だ。今回、フローリアが選んだところは後者だった。受付で職員証を見せれば、閉校時間までいつでも出入り可能だ。ここで本を借りて読むほか、勉強もできる。校舎の隅にあるため、学生が通ることもなく静かで落ち着く空間だ。
「少し聞きたいことがありまして。……」
「はい」
彼女は手前の座席を選び、バッグから4冊の本を出して広げた。学園長から聞いた話だと、フローリアは努力を惜しまない人で、毎日欠かさず勉強をしているのだそう。「最高の逸材だ」と嬉しそうに語っていた。今のこの時間も、無駄にはしないのだろう。地頭がいい。それでいてすぐ調子に乗らない。堅実な人だ。
「どうして、フローリアは騎士道を極めたのですか?」
と聞くと、珍しく彼女が答えてくれた。はぐらかされると思っていたのに。
「……生きる手段として選んだだけです」
0
あなたにおすすめの小説
どうかこの偽りがいつまでも続きますように…
矢野りと
恋愛
ある日突然『魅了』の罪で捕らえられてしまった。でも誤解はすぐに解けるはずと思っていた、だって私は魅了なんて使っていないのだから…。
それなのに真実は闇に葬り去られ、残ったのは周囲からの冷たい眼差しだけ。
もう誰も私を信じてはくれない。
昨日までは『絶対に君を信じている』と言っていた婚約者さえも憎悪を向けてくる。
まるで人が変わったかのように…。
*設定はゆるいです。
【完結】時計台の約束
とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。
それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。
孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。
偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。
それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。
中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。
※短編から長編に変更いたしました。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】
積み上がった伏線の回収目前!!
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます
しゃーりん
恋愛
ソランジュは婚約者のオーリオと結婚した。
オーリオには前から好きな人がいることをソランジュは知っていた。
だがその相手は王太子殿下の婚約者で今では王太子妃。
どんなに思っても結ばれることはない。
その恋心を王太子殿下に利用され、王太子妃にも利用されていることにオーリオは気づいていない。
妻であるソランジュとは最低限の会話だけ。無下にされることはないが好意的でもない。
そんな、いかにも政略結婚をした夫でも必要になったので返してもらうというお話です。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる