心の面影

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1章 いびつなこころ

13話 ヒナ

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13話 ヒナ
 春と言えば花。そして動物が繁殖する季節。鳥の親子が優雅に川を泳いでいる。1羽の母鳥についていく4羽のヒナ。まだ小さくて、やっと泳ぎを覚えたころだろうか。南の方向に川は流れていき、5羽は流れに乗って消えていく。ノナもじっと見ていたようで、少し立ち止まった。
「今年も見られましたね」
「……」
 この辺りで育った子供は、来年になると子育てのためにまた戻って来る。まるでここが自分の家のように。密かに子供を見守りつつ、春の訪れを楽しむ。一瞬で終わっていくものだが、意味のあるものだ。
「暑くないですか?」
「……」
「朝食は召し上がりましたか?」
「……」
「ええ。奥様は珍しくスープを完食いたしました。満腹だと思われます」
 ノナの代わりに、後ろにいたひとりの女性が返事をした。ノナは目も合わせようともしない。ただ前だけを見ている。
「そうですか」
 爪を立てられたのか、腕に少しだけ力が入る。やはり、「珍しく」と言われたことが嫌だったのだろうか。まあ、そう使いたくなってしまう理由もわかる。使用人の仕事とはいえ、ノナの相手をしているととんでもなく疲れるから。
「ほかに変わったことは?」
 ノナは口を開かないから、代わりに使用人が答える。
「昨夜は絵を描いておりました。まだ納得していないようで、4、5枚と描き直しております」
「どのような絵を?」
「風景画です。お部屋から見える外の景色を描いておりました」
「風景画ですか……」
 私は芸術に疎いが、ノナは詳しく、文化的なアクティビティーへの熱意は確かだ。詩や本を読む、言葉を書く、針に糸を通す。図書館、博物館、美術館、天文台でデートしたことを思い出す。楽しそうに語っていたな――。「芸術は想像力の塊。表現力は無限」だと。あの事故直後は本当に何も動けなかったが、今では、何かに打ち込めるほど心に余裕ができたかもしれない。
 かといって、声が戻ってきたり、「心の面影」が消えたりする吉兆は見えないが……。
「ノナ、絵を描きたいなら先生をつけましょうか?」
「……!」
 強い目力で睨まれ、腕に伝わる力が強くなる。無言の圧に押され、前を向いた。
「そうですよね。軽率ですみません」
「……」
 ノナは他人と会いたがらない。悪意のある人はもちろん、ない人だって同じ。目に映るもの皆敵という認識だろうか。これ以上屋敷に人を入れたくないのか、使用人だって替えたくないと。
 20分ほど歩いて、木陰の空間を見つけた。ずっと傘を持っていたから手がしびれる。だが、右手はノナを支えているから動かせない。使用人のひとりに傘を持ってもらい、軽く振ってしびれを紛らわせた。
「そろそろ休憩しますか」
「はい」
「……ノナ?」
 手を離した瞬間、バタッと嫌な音がした。
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