心の面影

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1章 いびつなこころ

25話 筆談

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25話 筆談
 次の日の午後、彼女が目を覚ました。重たい瞼を開けて、目だけ動かす。幸か不幸か、ここは現実だ。喜びと恐れが混じり、私は動けなかった。
「……!」
「!」
 そのときの彼女の表情は、生きながらえたという絶望が滲み出ていた。言葉がなくてもわかる。彼女は本当に死ぬ気だった。目覚めたくなかった、ここに戻りたくなかったという絶望。悲しみと驚きと怒りが渦巻く後悔。今まで、そんな顔を一度も見たことがなかった。これが、死に向かう人の顔か。かつて、似たようなものを――。
「……」
 彼女の手がモゾモゾ動き、膝の上に置いていた私の手を掴む。……こんなに細くて冷たかったか?
 私の手のひらを開き、そこに文字を走らせる。今まで筆談を何度も試みたが、ノナが応じることはなかった。こんなときにやっとできたのに、浮かんだ言葉にショックで動きが止まる。
(私を殺してください)
「いいえ。殺しません。そんなことをする理由がありませんから」
 断ると、私の手を首のところまで持っていく。触れた首筋は冷たく、細く、簡単に握りつぶせるほど脆い。だが、彼女を殺す理由などない。首から手を離し、彼女の右手を握った。
「どうしてそのように思ったのか教えていただけますか」
「……」
 再び手のひらが開かれ、とある文字が浮かぶ。
(離婚したいのです)
「……離婚」
 初めて、彼女から離婚を切り出された。1枚の離婚届を見たから今さら驚くことはないが、さらに空気が重くなるのを感じた。続けて、彼女は理由を書く。
(断られると思っていました。だから、先に殺してほしかったのです)
 胸が痛い。こんなこと聞きたくない……。だからといって目をそらすわけにはいかない……。
「書くものをください」
「はい。ただいま」
「ノナ、書けますか?」
「……」
 使用人の持ってきた紙とペンを渡したとき、手が震えた。本当に書いてくれるのだろうか? 書いてくれたとて、私に理解できるものなのか? いや、手に書いてくれたのだから理解できるはずだ……。心配しながら、テーブルを用意し、ベッドの上に置いた。
 彼女がペンを取り、1枚の紙に文字……いやはっきりとした文章を書く。
(私が死に、あなたが未亡人になれば、別の令嬢と再婚できます。言うまでもなく、私はあなたにとってお荷物で邪魔な存在です。人の目を避け、子供のように暴れ、子供すら産めない、妻の役割を果たしていないのですから。こんな人間が生きている意味はありませんので、私と離婚して、新しいパートナーを見つけてください)
「……」
 文章はちゃんとしてる。だが、内容は納得できるものではない。邪魔だと思ったことも、離婚する気も、妻失格だと思ったこともないから。噛み砕いて書いたら、返事が来た。
(一度結婚した夫婦が離婚するには、どんな理由であれ、裁判を行う必要があります。多くの金銭と時間が必要です。それをあなたに強いるわけにはいきません。だから、死んでしまいたいのです。事件性の有無に関わらず、未亡人は裁判なしで再婚できますから)
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