心の面影

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2章 うんめいにみちびかれて

47話 悩み事

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47話 悩み事
 静まり返った部屋で、特にやることもなかった。夫妻は、食事を作りにキッチンへと行ったのだろう。ひとりになって、不思議と肩の力が抜けた。
「……」
 ため息に似た息が出る。私の頭の中では、3つのことがぐるぐると渦巻いていた。ひとつはブルートン夫妻やこの家のことといった現状、もうひとつは今生きていること、最後のひとつはお父様のこと。
 見たところ、この家ができてから20年以上経過している。天井、壁、床、ありとあらゆるところにボロが見られる。ベッドはシングルで、マットレスや枕が恐ろしく硬い。布団に何度も縫われた跡があり、全体的によれていた。壁掛け時計の鳩は、壊れて飛び出てしまっている。本棚の木の一部は欠けていて、本の背表紙は折れ曲がったものもある。サイドテーブルには、目覚まし時計とカレンダー。レースのカーテンから見える外の景色は、海ではなく暗い山だった。たまたま、周囲の建物はなく、鮮やかな星空がきらめく。
 そういえば、私の衣服は別のものに変わっていた。最初から持ち物がないから、衣服以外取られるものもない。川で溺れたから濡れていたはず。今はしっかり乾いていて、風邪といった体調不良もない。何が起きてここに来たのか、詳しいことはまた後で話そう。
 ガス、パールのブルートン夫婦。夫のガスは話せるけど、パールの声は聞こえていないみたいだった。腕や影になってる首に傷跡があるから、何かしらの怪我を負って、後天的に聞こえなくなったのかもしれない。パールは夫に理解を示し、手話を使い、ときには肩を叩いていた。あまりにも手の動きが早いものだから、ついていくのに必死だった。
 このふたりは、悪い人には見えない。むしろ優しい人だ。見ず知らずの私を家に招き、ベッドで寝かせ、今は食事まで準備している。決して多くの人が真似できることではない。これは、ふたりの厚意による結果だ。死を目指した私にとっては、苦痛がないわけじゃないけど……。とにかく私は生きていた。左手を開いたり閉じたりする。瞬きも追加。本の表紙を撫でてみる。タイトルが浮かんできた。『今日から始められる! ケア術とは』。医療学ということは、夫妻のどちらか或いは両方が医学に携わっているのかもしれない。だとしたら、なんという皮肉なことか。
 ティベリウス・ヴィトリー。お父様の名前を久しぶりに聞いた。父は、朗らかで、元気で、素晴らしい人だった。唯一無二の人。私を愛し、育ててくれた父のこと。己の力で爵位を得て、最後まで戦い続けた誇り高き軍人だ。
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