ごめんね、足りなかったよね。

fireworks

文字の大きさ
8 / 107
1章 壊れた心

7話 話したかった

しおりを挟む
 妹の言葉を反芻してみる。確かに「バカ」と言った。不満げな顔、攻撃的な態度、滲む憎悪。
「どうしてそう思ったの?」
「……」
「……」
 妹に尋ねたけど、スマホに戻って目を逸らしてしまった。スクロールする手が止まらない。
「ごめんね」
 本当は何か言いたかったけど、謝罪しかできなかった。洗濯物をたたむことに集中しようと、シャツを手に取る。
 最近の妹は、沸点が低く小さなことでもすぐに癇癪を起こす。両親に当たり散らしたり、ゲーム中に暴言を吐いたりと凶暴性は日に日に増している。大切な妹だけど、まともに話をすることもできなくて、不甲斐ない姉だ。
「今日も疲れた……」
「ふぅ……」
 ようやく洗濯物がたたみ終わるころ、両親がダイニングに現れた。共に同じ会社で働くふたりは、部署は違うけど、帰る時間は一緒。家族のために、平日は一生懸命働き、休日は力が抜けたように眠っている。父はガイウス、母はマルセラ。ふたりともお疲れのようで、目が半分しか開いていなくて放心状態。父は椅子を引きずり、母は静かに座った。
「おかえりなさい」
「ただいま」
 父はしっかり座り直し、母は熱々のコーヒーを口にした。パスタ、サラダ、スープ、飲み物。私は定位置に座り、母と向かい合った。
「ありがとう。いただきます」
「……いただきます」
 早速、フォークに麺を絡めて口に入れる。レシピ通りに作れたはず。分量を守り、手順通りに進めた。なのに、言えない。
 味がしないなんて……。
「どう? 美味しい?」
 恐る恐る聞いてみる。父はマグカップをテーブルの上に置き、顔を上げた。
「味はするよ」
 次いで、母が手を合わせて目を細めた。
「お父さんの言う通りだわ」
「……ありがとう」
 ふたりが笑顔で、機嫌を損ねなくて、良かった。少しだけ肩の力が抜けて、オニオンスープを飲んだ。……温かさと冷たさの境界が曖昧になっている。たった数分で冷えるなんてありえないのに、もうぬるくなっている。
 ……そんなわけ、ないか。気の所為だ。
「ヴィアも食べなさい」
「お腹空いてるだろう」
 両親の目が妹に注目する。けれど、妹は気にすることなく、無視してスマホに夢中だった。
「……」
「ヴィア!」
「冷めちゃうよ」
「……」
 ふたりから責められた妹が不憫に思えた。焦らせるような言い方でも、料理は逃げることはない。温度や鮮度は落ちるけど、冷蔵庫やレンジがあるから、放置しない限り……。
「早く!」
「あしたも早いんでしょ?」
「食べてからゆっくりしなさい」
「早く寝ないと……」
 妹が舌を噛み、手にしていたスマホをふたり目掛けて投げた。バキン、と壊れたような音がする。その顔は真っ赤、荒い息で、乱暴に言葉を吐き捨てた。
「要らない! そいつの作った料理不味いから!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

だから言ったでしょう?

わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。 その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。 ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

処理中です...