ごめんね、足りなかったよね。

fireworks

文字の大きさ
9 / 107
1章 壊れた心

8話 不味い

しおりを挟む
 バカ、そして、不味い。私が至らないから、妹に不便をかけてしまっている。……私のせいだ。こんなに怒らせて……。もっと味のする、ほっぺたが落ちるくらいのものでないと、満たすことなんてできないから。
「ごめんね、不味い料理で……」
 父はスマホを拾い、妹は立ち上がってそれを力ずくで取る。幸い、画面は割れず電源もつく。機能面も問題ないみたい。母は呆然として言葉を失い、私は激怒する妹を見るフリしながら目を逸らした。
「ごめんなさい……」

 結局、妹は一口も食べなかった。着ていた服をすべて脱ぎ、激しくドアを開けてバスルームに入る。お湯は沸かしていないから、シャワーを浴びる気なのだろう。両親は頭を抱え、ぬるくなったパスタを食べ、スープに口をつけた。やがて皿が空になり、ふたりは席を立った。私は少なめに入れたけど、胃が受け付けなくてあしたの朝に回すことにした。隣に用意した妹の分も、冷蔵庫で冷やしておこう。
 綺麗な皿にパスタやサラダを移し、ラップをかけて冷蔵庫にイン。日中と夜の速度は倍近く異なる。前者は波のように流れるけど、後者は時針のように鈍く動く。
「ラウ?」
「?」
 ふたりの分を片付けようとしたら、母に声をかけられて手が止まった。
「ヴィアにも事情があるのよ。どうか責めないでちょうだい」
 その隣にいた父は、マグカップを渡し、咳をした。
「疲れているのだろう。その気持ちを汲んでくれ」
「……うん。もっと料理作り頑張らないとね」
 マグカップを受け取って食器の上に重ねる。日中は忙しいから、3人ともお疲れだってことは分かっている。帰りの一番早い私がディナーを作って、洗濯物をたたんだり干したりするのは当たり前。掃除や洗い物もしないと。特に両親は家族を支える役割を担っているから、家のことは限りなくこなして。
「あの……。妹に伝えてほしいの。不味い料理を作ってごめんなさい、って」
 ふたりは顔を見合わせ、次の瞬間に微笑んだ。その笑みは、私が鏡で見るものと酷似していた。
「わかったわ」
「バスルームから出たら声を掛けるよ」
「……ありがとう」

 食後、食器を洗い、食洗機の中に詰めて洗剤投入。電源をオンにして動いていることを確認してから、布巾でテーブルを拭いて水気を絞る。シンクの泡や水も落とし、ラックにかけて洗い物はおしまい。まだやることが山積みだ。洗濯物を干して、湯船に浸かって、タスクをこなして……。
「あ……」
 思い出した。慌てて自室に飛び込み、制服のポケットからスマホを取り出す。時間に追われてすっかり忘れていた。目を離した2時間あまり、100件を超えるメッセージと30件の不在着信。……全部、彼からのものだ。
「どうしよう……!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

だから言ったでしょう?

わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。 その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。 ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

処理中です...