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1章 壊れた心
17話 存在しないものに縋る
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彼は、舌打ちと言葉を吐き捨てて帰ってしまった。私には追いかける資格もなく、力もなく、空っぽになった手を見つめた。まただ。あの黒い靄が浮かんできている。砂のようにこぼれ落ちて、地面に落ちていった。黒く染まる。一歩下がったけど、それは私の足元を覆い尽くすように広がっていく。逃げても追いかけてくる。息を呑んだときはもう遅くて、渦巻く中心に引き寄せられてしまった。ブレスレットにつけられていた飾りが曇るのがわかる。くすんだ心。
結局、ひとりで家に帰った。今日もやることが山積みだ。ひとつずつ片付けて、夕食の準備をして……。
「……」
溜め息をつきそうになって口を塞ぐ。よく言われる。「溜め息をついたら幸せが逃げる」って。幸せ……。幸せ……。仕合せ……。そんなもの、この世界に……あるものだっけ? 存在していたっけ?
ペンを離して首を絞める。足りない。力がほしい。いや、それよりも手っ取り早い方法がある。彼を呼ぼう。そして……頭を下げてお願いするのだ。「私を愛してください」……と。そうすれば彼は私を愛してくれるだろう。息ができなくなるほどの熱い愛情表現をしてくれるはず。……おそらく。
『ごめんなさい』
『話をしたいです』
『会いたいです』
『あなたが好きです。その気持ちは変わっていません』
『今とても寂しいので、慰めがほしいです』
『身の程をわきまえない言動でした。ごめんなさい』
『あなたの隣にいたいです』
『何も痛くないので一緒に……』
化粧を濃くし、ディナーを作り終わり、妹を迎えに行った。放課後に勉強している妹は、市内でトップクラスのハイスクールに進学することを目標にしている。けれど、妹は毎日ゲーム三昧で成績はギリギリだ。両親は、妹に絶対的な将来を確信しており、確かな進路に進んでほしいと願っている。そのための勉強だ。妹のオン・オフは激しい。「別人のようだ」……そう、JHSを見学した父がそうこぼしていた。
「なんでお前が来るの?」
迎えに行ったとき、妹の顔は決まって険しい。明らかな嫌悪を感じる。けれど、交通手段がなく、娘に真っ暗な外を歩かせるわけにはいかないと両親は言った。そういう私は、家を出てワークスペースに行くために、ひとりで夜を歩くのだけど。
「うるさいんだよ! お前のせいだ!」
「とろいんだよ! さっさと動け!」
「WINNERは私のもの!」
21時。妹は帰るとテレビ画面に食いつき、目を充血させながらコントローラを握った。過熱したシチューやブレッドを用意したけど、見向きもしなかった。
「ただいま~」
「おかえり」
その1時間30分後に両親が帰ってきた。私も一緒に食べようとしたけど、シチューの匂いに耐えられなくて皿をラップに包んだ。あまり夜が遅くても身体に良くない。……けれど、両親はげっそりとしている。疲れ切った身体にムチを打つように、無理矢理胃袋に放り込むのだった。
食事は美味しいものではなくて、ただ、欲を満たすためだけの手段でしかないから。
結局、ひとりで家に帰った。今日もやることが山積みだ。ひとつずつ片付けて、夕食の準備をして……。
「……」
溜め息をつきそうになって口を塞ぐ。よく言われる。「溜め息をついたら幸せが逃げる」って。幸せ……。幸せ……。仕合せ……。そんなもの、この世界に……あるものだっけ? 存在していたっけ?
ペンを離して首を絞める。足りない。力がほしい。いや、それよりも手っ取り早い方法がある。彼を呼ぼう。そして……頭を下げてお願いするのだ。「私を愛してください」……と。そうすれば彼は私を愛してくれるだろう。息ができなくなるほどの熱い愛情表現をしてくれるはず。……おそらく。
『ごめんなさい』
『話をしたいです』
『会いたいです』
『あなたが好きです。その気持ちは変わっていません』
『今とても寂しいので、慰めがほしいです』
『身の程をわきまえない言動でした。ごめんなさい』
『あなたの隣にいたいです』
『何も痛くないので一緒に……』
化粧を濃くし、ディナーを作り終わり、妹を迎えに行った。放課後に勉強している妹は、市内でトップクラスのハイスクールに進学することを目標にしている。けれど、妹は毎日ゲーム三昧で成績はギリギリだ。両親は、妹に絶対的な将来を確信しており、確かな進路に進んでほしいと願っている。そのための勉強だ。妹のオン・オフは激しい。「別人のようだ」……そう、JHSを見学した父がそうこぼしていた。
「なんでお前が来るの?」
迎えに行ったとき、妹の顔は決まって険しい。明らかな嫌悪を感じる。けれど、交通手段がなく、娘に真っ暗な外を歩かせるわけにはいかないと両親は言った。そういう私は、家を出てワークスペースに行くために、ひとりで夜を歩くのだけど。
「うるさいんだよ! お前のせいだ!」
「とろいんだよ! さっさと動け!」
「WINNERは私のもの!」
21時。妹は帰るとテレビ画面に食いつき、目を充血させながらコントローラを握った。過熱したシチューやブレッドを用意したけど、見向きもしなかった。
「ただいま~」
「おかえり」
その1時間30分後に両親が帰ってきた。私も一緒に食べようとしたけど、シチューの匂いに耐えられなくて皿をラップに包んだ。あまり夜が遅くても身体に良くない。……けれど、両親はげっそりとしている。疲れ切った身体にムチを打つように、無理矢理胃袋に放り込むのだった。
食事は美味しいものではなくて、ただ、欲を満たすためだけの手段でしかないから。
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