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1章 壊れた心
53話 逃避
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「……」
言葉が出なかった。なぜ、オーレリアンが私の両親に挨拶したのだろう。わからない。けれど、良からぬ雰囲気を感じた。両親ではなく、オーレリアンが企んでいるような気がしたから。
そのオーレリアンは、一歩ずつ前に出て両親と向き合う。秒針が進む音を追い越して心臓が早く鼓動する。3人は顔色を変えず、私だけが、内心焦って立ち尽くしている。
オーレリアンは何も関係ない人だ。強いていうなら、ただのクラスメイトってことくらい。そんな人が情を持つわけないし、何か理由が必要だ。……見返り? 利益がなければ、こんな愚かなことはしない。
「はじめまして。ローレンティアの父と母です」
「こんにちは」
「では、私はこれにて……」
気まずそうな空気を察して、まず先生が教室から出る。オーレリアンは毅然としているし、両親は疲れ切って、周囲が黒く淀む。靄だ。私の手から、両親の目から、あれが出てきて4人を覆った。
「ローレンティア」
「……」
オーレリアンと目が合ってたじろぐ。逃げ場はない。鍵をかけられたようだし、どのみち靄のせいで出られない。
早く現実に戻らないと。黒い靄を消して、幕を下げて、退場して……。
「俺が先生に呼ぶようお願いしたんだ」
まさか、本当にふたりが来るなんて思わなかった。そう、オーレリアンが呼んだのね。……なぜ? そんな義理があった? 貸しをした? 借りを作ってしまった?
「な、なんで?」
「ローレンティアと話しているだけじゃ、状況は変わらないから」
人差し指が、私ではなく両親に向くようで。無理矢理でも軌道修正しないと。事態が悪化する恐れを抱く。
「やめて、両親は悪い人じゃないの。余計なお世話だわ」
オーレリアンを睨んで腕を引っ掻く。爪が食い込んで、現実から意識がそれる。頭の中を自由に動く言葉をつかんで、整理するのに精一杯。だけど、オーレリアンが見逃してくれるはずがない。
「ラウ……?」
「何を話しているんだ……?」
何も知らない両親は蚊帳の外。返答がほしくて、私たちを見つめるけど目が合わない。
「今だって自傷しているでしょ」
はっと気づいて、らしくない大声をあげた。
「してない! してないから。私が……悪いの。体調すら自己管理できない私が悪い。わざわざ両親を呼び出す必要はないわ」
息苦しさを押し殺して言葉にしているのに、オーレリアンが引き下がる気がしない。私を冷たく見つめるばかりで、瞬きすら止める。私は舌を噛み、さらに爪を深く刺した。消えたはずの痛みが非現実へと誘う。染み付いた癖はどうにもならなかった。
「クラスメイトが変なこと言ってるけど気にしないで。私が自己管理できなかったせいなの。ごめんなさい。私は元気だから。……帰ろう? ごめんなさい」
両親が悪者扱いされている気がしてならない。そんなことはない。私が怠惰で、愚かで、自分のこともわからない能無しだから。体調を自己管理できないなんて、人じゃない。
だって、彼もそう言っていたから。
私は精一杯笑った。散々、両親を騙してきた笑顔。……予想通りだ。両親はいつも通りの私を目の前にして、状況を少しずつ理解した。よくあることだ。私たちは未熟だから、経験がないから、さっさと過ちを認めて頭を下げなければいけない。そういうのは得意だ。ふたりの顔色をうかがって、パターン化して、何かされる前に謝ってきたから。
でも、そうだ……。今日はここにオーレリアンがいた。一筋縄では行かない。
「そうやって笑って……解決すると思ってるの?」
言葉が出なかった。なぜ、オーレリアンが私の両親に挨拶したのだろう。わからない。けれど、良からぬ雰囲気を感じた。両親ではなく、オーレリアンが企んでいるような気がしたから。
そのオーレリアンは、一歩ずつ前に出て両親と向き合う。秒針が進む音を追い越して心臓が早く鼓動する。3人は顔色を変えず、私だけが、内心焦って立ち尽くしている。
オーレリアンは何も関係ない人だ。強いていうなら、ただのクラスメイトってことくらい。そんな人が情を持つわけないし、何か理由が必要だ。……見返り? 利益がなければ、こんな愚かなことはしない。
「はじめまして。ローレンティアの父と母です」
「こんにちは」
「では、私はこれにて……」
気まずそうな空気を察して、まず先生が教室から出る。オーレリアンは毅然としているし、両親は疲れ切って、周囲が黒く淀む。靄だ。私の手から、両親の目から、あれが出てきて4人を覆った。
「ローレンティア」
「……」
オーレリアンと目が合ってたじろぐ。逃げ場はない。鍵をかけられたようだし、どのみち靄のせいで出られない。
早く現実に戻らないと。黒い靄を消して、幕を下げて、退場して……。
「俺が先生に呼ぶようお願いしたんだ」
まさか、本当にふたりが来るなんて思わなかった。そう、オーレリアンが呼んだのね。……なぜ? そんな義理があった? 貸しをした? 借りを作ってしまった?
「な、なんで?」
「ローレンティアと話しているだけじゃ、状況は変わらないから」
人差し指が、私ではなく両親に向くようで。無理矢理でも軌道修正しないと。事態が悪化する恐れを抱く。
「やめて、両親は悪い人じゃないの。余計なお世話だわ」
オーレリアンを睨んで腕を引っ掻く。爪が食い込んで、現実から意識がそれる。頭の中を自由に動く言葉をつかんで、整理するのに精一杯。だけど、オーレリアンが見逃してくれるはずがない。
「ラウ……?」
「何を話しているんだ……?」
何も知らない両親は蚊帳の外。返答がほしくて、私たちを見つめるけど目が合わない。
「今だって自傷しているでしょ」
はっと気づいて、らしくない大声をあげた。
「してない! してないから。私が……悪いの。体調すら自己管理できない私が悪い。わざわざ両親を呼び出す必要はないわ」
息苦しさを押し殺して言葉にしているのに、オーレリアンが引き下がる気がしない。私を冷たく見つめるばかりで、瞬きすら止める。私は舌を噛み、さらに爪を深く刺した。消えたはずの痛みが非現実へと誘う。染み付いた癖はどうにもならなかった。
「クラスメイトが変なこと言ってるけど気にしないで。私が自己管理できなかったせいなの。ごめんなさい。私は元気だから。……帰ろう? ごめんなさい」
両親が悪者扱いされている気がしてならない。そんなことはない。私が怠惰で、愚かで、自分のこともわからない能無しだから。体調を自己管理できないなんて、人じゃない。
だって、彼もそう言っていたから。
私は精一杯笑った。散々、両親を騙してきた笑顔。……予想通りだ。両親はいつも通りの私を目の前にして、状況を少しずつ理解した。よくあることだ。私たちは未熟だから、経験がないから、さっさと過ちを認めて頭を下げなければいけない。そういうのは得意だ。ふたりの顔色をうかがって、パターン化して、何かされる前に謝ってきたから。
でも、そうだ……。今日はここにオーレリアンがいた。一筋縄では行かない。
「そうやって笑って……解決すると思ってるの?」
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