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1章 壊れた心
54話 生きてほしいよ
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「な、何を……?」
ずっと大人しかったオーレリアンが口を挟む。私は目を細めていたけど、口角が下がるのが分かった。手が離れ、肌にぽつぽつとピンク色が浮かぶ。
「何を言っているの?」
「今のままじゃ変わらないよ。何も」
「だから、何を……」
「生きてほしいよ」
迷いのない瞳に、枯れた心が脈打つのを感じた。
なぜ、この人の言葉に影響されているのだろう。ただのクラスメートなのに? たった数回話しただけで? 絆されてしまった? 甘い誘惑に目がくらんだ? そんなに魅力的だった?
『とっとと消えればいいのに』
そう言った彼とはまったく違う響きがある。正反対。今まで聞いたことがない。それもそのはず、私が自死しようと思って実行したことがないから。なのに、オーレリアンは、私を壊れ物で脆い人だとして扱う。私が後に「そう」することを見越しているかのよう。でないとそんな言葉にはならないはず。生と紙一重である死。触れられそうで触れられない。あと少し。届きそうで、ふわりと何処かに飛んでいってしまう。
……手を。
彼の手を取ったら、私の思いが伝わればいいのに。あなたの思いを知りたいのに。
「あ……ぅ……」
間違いでした。
私は自力で動けない囚われの人形で、手足が糸に引かれ宙を浮いている。操る人がいないとだめだ。「自由」は私の中にない。そんなもの、探したところでない。ない、ない、ない、見えない、聞こえない。そこにない。
現実は甘くない、とけたたましい警戒音が耳に響く。伸ばした手を引っ込め、今度は背中で合わせた。さっきと違うところに、爪を立てて。
「出てって」
溢れ出る感情を前にして、自我を保ち続けることが困難になった。黒い靄は両親を丸々と呑み込み、食い殺すかのように味見をする。……ろくに栄養なんてありはしない。すぐに飽きてオーレリアンを取って食べようとしていた。
「出て……。ひとりにさせて」
ギリギリ言葉にできた短い叫び。いちおう耳には入ったみたいで、ふたりは頷いて私に背を向けた。
「ええ……」
「そうだな」
だれかのせいにしたくなる。他人に責任を押し付けたい。他力本願したい。「自分じゃないから」。「悪くないから」「あいつが悪いから」。
違う。両親が間違っているなんて、そんなことあるわけない。違う。それなら、そこから生まれた私も……悪となる。
両親が教室を出て、重たい足取りで廊下を歩いていった。どこに行くのかはわからない。ただ、離れていった。教室内はふたりだけ。オーレリアン、私、のふたりだけがいる。ふたりの間をさえぎるものはなくて、どんどん距離を詰められていった。腕を取られ、黒い靄が逃げるように離れていく。
「ふたりで話がしたい。まずは座って」
ずっと大人しかったオーレリアンが口を挟む。私は目を細めていたけど、口角が下がるのが分かった。手が離れ、肌にぽつぽつとピンク色が浮かぶ。
「何を言っているの?」
「今のままじゃ変わらないよ。何も」
「だから、何を……」
「生きてほしいよ」
迷いのない瞳に、枯れた心が脈打つのを感じた。
なぜ、この人の言葉に影響されているのだろう。ただのクラスメートなのに? たった数回話しただけで? 絆されてしまった? 甘い誘惑に目がくらんだ? そんなに魅力的だった?
『とっとと消えればいいのに』
そう言った彼とはまったく違う響きがある。正反対。今まで聞いたことがない。それもそのはず、私が自死しようと思って実行したことがないから。なのに、オーレリアンは、私を壊れ物で脆い人だとして扱う。私が後に「そう」することを見越しているかのよう。でないとそんな言葉にはならないはず。生と紙一重である死。触れられそうで触れられない。あと少し。届きそうで、ふわりと何処かに飛んでいってしまう。
……手を。
彼の手を取ったら、私の思いが伝わればいいのに。あなたの思いを知りたいのに。
「あ……ぅ……」
間違いでした。
私は自力で動けない囚われの人形で、手足が糸に引かれ宙を浮いている。操る人がいないとだめだ。「自由」は私の中にない。そんなもの、探したところでない。ない、ない、ない、見えない、聞こえない。そこにない。
現実は甘くない、とけたたましい警戒音が耳に響く。伸ばした手を引っ込め、今度は背中で合わせた。さっきと違うところに、爪を立てて。
「出てって」
溢れ出る感情を前にして、自我を保ち続けることが困難になった。黒い靄は両親を丸々と呑み込み、食い殺すかのように味見をする。……ろくに栄養なんてありはしない。すぐに飽きてオーレリアンを取って食べようとしていた。
「出て……。ひとりにさせて」
ギリギリ言葉にできた短い叫び。いちおう耳には入ったみたいで、ふたりは頷いて私に背を向けた。
「ええ……」
「そうだな」
だれかのせいにしたくなる。他人に責任を押し付けたい。他力本願したい。「自分じゃないから」。「悪くないから」「あいつが悪いから」。
違う。両親が間違っているなんて、そんなことあるわけない。違う。それなら、そこから生まれた私も……悪となる。
両親が教室を出て、重たい足取りで廊下を歩いていった。どこに行くのかはわからない。ただ、離れていった。教室内はふたりだけ。オーレリアン、私、のふたりだけがいる。ふたりの間をさえぎるものはなくて、どんどん距離を詰められていった。腕を取られ、黒い靄が逃げるように離れていく。
「ふたりで話がしたい。まずは座って」
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