触れたいのに届かなくて

fireworks

文字の大きさ
50 / 50

50話 話しかけたけど、間違いだった

しおりを挟む
50話 話しかけたけど、間違いだった
10月31日17時
 あれから何が起こったのか、よくわかっていない。私はフィディリスに抱かれて、市内の病院に連れて行かれた。幸い大きな怪我はなくて、消毒と血を止めるだけで治療が終わった。そのとき、首の傷跡が~なんて聞いたけど、すっかり忘れてしまった。一緒にいたフィディリスの怪我は少なく、安心して帰ることにした。
 お金を払って病院を出る前、薄暗い廊下を歩く小さな人影を見た。それが何となく弟のように見えたけど、気のせいと言い聞かせてフィディリスに笑いかけた。フィディリスも笑って、私の頭を撫でてくれた。
 何が起こったのか――聞かないでおこう。何より、彼が話したがっているように見えない。
「……助けられてばかりだね。私、何もお礼できてないよ」
 フィディリスの肩に寄りかかってそんなことをつぶやく。ふたりで河川敷の上の道を歩きながら、とっくに暗くなった空を見上げた。今日は晴れていたのに月が見えない。満天の星は、ここから見ると天から落ちてきた粒みたい。風が肌を刺すように痛いけど、隣のフィディリスに寄り添っているから、気にならない。
「大丈夫だよ。大きな怪我がなくてよかった」
 フィディリスが笑っている気がする。私も嬉しくなる。頭を撫でられたから、すり寄った。居心地が良かったんだ。
「災難だったね。あしたは休みだし、今日はこの辺で」
 駅に着けば、フィディリスと私の道は違う。反対方向に家があるから仕方がない。私はフィディリスを抱きしめ、しばらく動かない。フィディリスも抱きしめ返してくれる。これでお別れ……ではないから、家に帰ってのんびり眠ることにしよう。
「じゃあね」
 フィディリス、ついてくると思ったのに。少し残念なような、早く帰宅してゆっくり過ごしてほしいな、なんて。私たちは別れて、それぞれの家に帰ろうとしていた。
 都合よく――私の記憶は途切れている。病院に着く前の最後の記憶は、確か――瓦礫に潰されるところだった。あの学芸員の女性――ミネルヴァ・ファーブラがどこに行ったのかもわからない。フィディリスが殺したのだろうか。また、罪をなすりつけてしまった。気絶していたばかりに。
 この時間に帰る社会人は多くいる。だから、前後に当たり前に人はいるし、自転車で通り過ぎる人もいる。あるいは、駅に向かう人。同年代の人はほぼいない。駅前の居酒屋の明かりがつき、賑やかな声と食事の匂いがする。遅い人はこれから夕食を食べるのだろう。車は信号待ちでない限りすぐいなくなる。皆、家に帰ろうとしているのだから。険しい、無、嬉しい、悲しいと様々な顔が見える。そのどれもが人間らしい。
 狭い路地に入っていった。このあたりは店もなく、まだ働いている人がいるのか、家があっても明かりがついていない。閑静な住宅街だ。ここを抜けて少し大きな通りに出れば家がある。特に何も考えず歩いていると、電柱に寄りかかる人を見つけた。力なく、頭を下げ、足を広げて座り込んでいる。短い金髪に、白いシャツ、黒いズボン、大きな荷物なし。おそらく男性だろうけど、こんなところでどうしたのだろう。酒と煙草の臭いはしない。
「あの……どうしたのですか?」
 気になって、話しかけてしまった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。 ※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

転生ヒロインは悪役令嬢(♂)を攻略したい!!

弥生 真由
恋愛
 何事にも全力投球!猪突猛進であだ名は“うり坊”の女子高生、交通事故で死んだと思ったら、ドはまりしていた乙女ゲームのヒロインになっちゃった! せっかく購入から二日で全クリしちゃうくらい大好きな乙女ゲームの世界に来たんだから、ゲーム内で唯一攻略出来なかった悪役令嬢の親友を目指します!!  ……しかしなんと言うことでしょう、彼女が攻略したがっている悪役令嬢は本当は男だったのです! ※と、言うわけで百合じゃなくNLの完全コメディです!ご容赦ください^^;

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...