夏にだけ許された嘘

chelsea

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6話  甘さをひとさじ、嘘にまぜて

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 珈琲に口をつけた彼が、ふと笑って脇にあるガムシロップの瓶を渡してきた。
 私は黙ってシロップを加える。
「やっぱり、ほろ苦い味に、甘さを加えるのが好きなんだね」
 そんな何気ないひと言に、私の心の奥がかすかに揺れた。
 この人は、ちゃんと見てくれている。
 嘘をついているのに。
 本当の美緒じゃないのに。
 それでもそのまま、優しく包まれた気がして、私は気づかないふりで息を呑んだ。
 その瞬間、ほんの一瞬で、彼に惹かれてしまった。



 それからの彼との時間はまるで夢のようだった。
 彼と話していると、時間の流れ方が少しだけ違って感じた。
 冗談に笑って、好きな映画を語り合って、季節限定のケーキを半分こした。
 まるで、前にもこんなふうに笑い合ったことがあるような気さえしてくる。
 ほんの少し、『美緒』じゃなくてもいいんじゃないか‥‥
 そんな希望が、胸の奥でふわりと膨らんだ。


 私は休みの度にカフェに‥‥彼に会いに行った。
 カフェの扉を開けるたび、胸の奥が静かに高鳴った。
 彼の姿を見つけると、安心と緊張が同時に溶けていく。
『美緒』という知らない人の借り物のままで。
 それなのに、彼といるときだけは、この夏の世界に“居場所”がある気がした。
 笑った顔を見られるだけで嬉しくて、
 何かを話すたびに“私じゃない私”が彼に少しずつ好きになられていくような気がして。
 それが、たまらなく幸せだった。
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