逆ハーレムエンド万歳な乙女ゲームの悪役王女に転生したヤンキーで修理工なオレは攻略対象者に真実の愛を見つけて欲しいと願う

特急マトカ

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アイリーンと坂巻明彦

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 城にあるオレの自室に戻ってきた。

 オディットはまた茫然自失としており、どこか気もそぞろだ。そりゃあそうだろう。いきなりここがゲームの世界で、お前はヒロインのためのイケメン要員だ、これまでの全てもこれからも全ても作られたものだと知って冷静でいられるはずがない。

 オレはメイドに持ってきてもらったお湯で紅茶を入れると、部屋に入るなり立ち尽くしてしまったオディットにほい、と紅茶をやる。


「まぁ、温かいものでも飲んで落ち着け」

「…アイリーン様…。いや、サカマキアキヒコ…か」


 オレは無理矢理オディットをソファに座らせ、オレも向かいのソファで胡座をかく。

 マナー?知らんな。ここはオレの部屋だ。

 ただでさえビラビラした服を着てるのに硬っ苦しくて仕方ないのだ。


「…温かい…」

「だろ」


 オディットは思わず、と言った風に言葉を漏らした。それからぽつりぽつりと俯きながら、話し始める。


「さっきまでは"だうんろーど"された事実があまりに衝撃的で、これから起きることに気持ちがいってしまったが…少し冷静になると俺の全ては作られたもので、これから先だって"しなりお"によって決められていると思うと、なんだか全てが馬鹿らしく感じてしまってな」

「…」


 オレは何も言わず無言を返す。

 こんなとき向こうの世界から転生してきたオレからかけられる言葉なんてないだろう。

 少なくともオレはオレ自身が誰かの手によって作られた存在だとは思ってない。事実そうだとしても、オレはそう"自覚してない"。ならば、そんな事実ないようなものだ。けど、こいつは違う。

 もしオレが作られた存在だとわかったら、どう思うだろうか。

 …答えは出ない。


「…アイリーン様に仕えたい、とそう思って働いてきたこれまでも全部"ひろいん"とやらのためだと思うと…いや、そもそもアイリーン様はいないのか。俺は…俺の全てが、俺の自由にならない。なんて…なんて馬鹿らしい人生なんだ」


 嘆くイケメンは大層絵になるが、そこでオレは「ん?」と疑問が一つ。

 それまで『ここにおでん屋か居酒屋でもあれば飲んで吐いて全部どうでもなるまで付き合うのにな』、と思っていたが頭をキュルっと入替えた。


 アイリーン様に仕えたい?こいつそんなこと言ったか。

 オレは"真実の愛"ルートをプレイこそしてないが、妹から散々プレイ感想を聞かされていたので、偏った知識はある。それによると、オディットくんは王家へ復讐のため仕えたくもないアイリーンに仕えていたはずだ。なのにアイリーンはオディットが復讐を遂げる前にあっさり死んでオディットくんは城を追い出される。復讐も遂げられず、そしてこれからの目処も立たず、そんなこんなで傷心になっていた筈だ。


 目の前のオディットをみると、とても嘘を言っているようには思えない。


「…なぁ、お前、アイリーンに仕えたくて仕えてたのか」

「当たり前だろ…!じゃなきゃ、こんな我が儘放題の馬鹿娘に懇々と説教かましたりするかよ。適当にあしらって放っておくだろ。それにお前はいちいち何かを言えば口答えをして、ろくに勉強一つしない…。今日だってなんで砲台ケヤキになんて登って…」

「わーわー、やめろやめろ!ここで説教モードに入らなくていいから!」


 我が儘放題、馬鹿、勉強一つろくにしない…アイリーンではなくオレ自身にも身に覚えのある説教でつい拒否反応が出る。

 ってあれ?もしかしてここで生きていくならオレまたしたくもない勉強しなきゃいけないのか…?

 いや、そんな問題後回しだ。


「お前、確か王家へ復讐のためにアイリーンに嫌々仕えてたんじゃないのか?」


 だから、悲しいけれど、もしこいつがゲームのキャラであることに嘆いてオレの執事をやめるというならそれを止めるつもりもなかった。

 この世界を生き抜くため、こいつがいれば心強かったがそんなのはオレの都合だ。

 いくらオレの執事とはいえ、こいつの人生を好きにしていい権利などオレにはない。


「王家へ復讐…?」


 オディットはそう呟くと、うっと呻いて頭を抱えた。

 それから混乱したようにオディットは言葉を紡ぐ。


「…違う、俺は…。王家へ…俺を捨てた王家への復讐を…?いや、違う。"俺"はそんなの知らない…!俺は、ただ一人、俺を見てくれたアイリーン様のために生きたくて…!」


 美しい黒髪を掻き乱して混乱しながらも、オディットはしっかりとオレをみた。


「…"しなりお"では確かに"俺"は王家への復讐のために生きていた。アイリーン様も…そのために利用していた。けど、今の"俺"は…。…サカマキアキヒコ、お前、これを覚えているか?」


 そう言ってオディットは片耳に光っていたピアスをオレに手渡す。

 淡いピンク色をした桜の花のようなピアスは男がつけるにはちょっと可愛らしいが、こいつにはよく似合っていたのを覚えている。

 けれど、こいつが聞きたいのはそのことじゃないんだろう。


「…十年くらい前か?従者たちの屋敷に忍び込んだときに、メイドの子どもたちに虐められた陰気な子どもがいた。そいつがこのピアスを壊されてべそべそ泣いてたから、オレが直したんだっけな。自分のピアス分解して、不格好だけどどうにかピアスとしては使えるくらいに」

「…そうだ。親のいない俺は従者たちの屋敷でメイドの子どもたちと一緒に育てられていた。けれど、俺は親がいないことを理由にいじめられていて…。友だちもいなかった。助けてくれる人なんて誰一人いなかった。…だけど、そこに現れた女の子だけは俺の味方になって、…このピアスも直してくれた」

「弱いものいじめは昔から嫌いなんだ」


 そう言って肩を竦める。

 そうだった。助けてやったんだからオレに構えと、退屈を持て余していたオレはそれから従者の屋敷に忍び込んでその子どもに纏わり付いていたんだ。

 いつからか、その子どもはいなくなってしまったけど、代わりにこいつが執事として付くようになって…。


「そうか、あの陰気なガキはお前だったんだな」

「陰気なガキって…。まぁ、そうだったけど」


 オディットは顔を顰めると、渋々と言ったように頷いた。


「というか、そうなるとオレがオレとして記憶を取り戻す前からオレだったってことだよな。確かアイリーンはドがつく不器用だったろ?」

「…確かに、"しなりお"の中のアイリーン様は紅茶を入れようとして何故か茶葉をバラ撒き、お湯を溢し、挙げ句の果てにカップを割るようなそんなお人だった」

「…それ不器用ってレベルか?」


 オレは呆れたように溜息を吐いて、ピアスを手の中で転がす。


「"オレ"は手先がそれなりに器用だったからな。記憶がなくても、何かを修理したりするのは好きだったし。…もしかしてオレという異分子が入り込んで、このゲームのシナリオにも影響があったのかもな。…そうだな。オレにはお前の悲しみも絶望もわからないけど、お前がどんな理由であれアイリーンによく仕えてくれていたことはわかるよ」

「…サカマキアキヒコはアイリーン様なのか?」

「そうだと言えるし、そうじゃないとも言える。…たぶん、本当の意味でのアイリーンも坂巻明彦ももういないんじゃないか?オレの記憶とアイリーンの記憶が混じった大体オレの性格なアイリーン。…それが今のオレだ」


 そう、こいつがゲームのキャラとして自覚したようにオレもオレが坂巻明彦であると自覚した。

 けど、オレはもう過去の坂巻明彦とは同じではない。

 オレにはアイリーンの記憶もあるし、肉体も坂巻明彦のものとはまるで違う。

 この世界のことを知っているし、この世界で生きてきた記憶もある。

 そう思うと、本当に坂巻明彦は死んだのだろう。肉体的な意味だけではなく、精神的にも、あの世界で生きた坂巻明彦はもういない。

 でも、オレはそんなことに絶望したりなんかしない。


「オディット。オレはな、それでも生きたいよ。向こうの世界で死んで、でも、実はそんなに後悔はないんだ。だってオレはいつだって好きなように、後悔がないように選択して、生きてきた。どんなことでもオレはオレが後悔するような道を選ばなかった。…だからさ、ここでだって、オレはそんな風に生きるよ」


 オレはピアスを両手の間で移動させて、どっちだ、とオディットに両手の拳を差しだした。

 オディットは戸惑ったように左手を指さすと、そこには桜のピアスがある。

 けど、オレは右手も開いた。

 するとそこにはもう一つ桜のピアスがあった。それは左手のピアスよりも歪で、けど、大事にされてることが伝わってくるピアスだった。


「それは…!」

「お前、まだメイドたちにいじめられてんだな。…アイリーンがな、メイドがこのピアスを砲台ケヤキの方に投げるのを見てたんだよ」

「だから…アイリーン様は砲台ケヤキになんて登って…?」

「そう。お前は説教ばっかで、いちいち五月蠅いし、鬱陶しいけど…それでも、アイリーンはお前を大切に思ってたよ。ま、お前があの陰気なガキだってことはわかってなかったけど」

「それは…アイリーン様は少し頭が足りない方ですから…」

「そうそう。オレはちょっと頭が足りない…ってなんでだよ!そこはいい感じな雰囲気でお礼を言ってくれるところだろ!」


 オレが思わず突っ込むと、オディットはおかしそうに笑って、大事そうにピアスを耳につけた。


「オレはアイリーンだけど、アイリーンじゃない。だから、お前がオレの執事やめたいって思ったとしてもオレは止めない。もし別の仕事つきたいっていうなら援助もする。…けど、お前はこの世界で唯一オレと同じものを知ってる奴だ。オレはお前と一緒にこの世界で、どうにか生き残る術を見つけたいし、…オレもお前を嫌いじゃないからな、このまま一緒にいてもらえれば心強い。でも無理強いはしたくない」


 これはオレとしても苦渋の決断だ。

 一人は嫌だ。こんな世界で一人で生き残る自信はあるのか、と言われれば返事はNOだ。けれど、こいつの人生オレのせいでむちゃくちゃになんてしたくない。

 アイリーンじゃないオレなんて、少し手先が器用で、喧嘩が得意なだけのどこにでもいるような男だ。

 そんなオレじゃ、"真実の愛"ルートで死亡は避けられても、逆ハーレムルートでは確実に火炙り間違いなしだ。


 しかしオディットはそんなオレを安心させるように笑うと、オレの目の前に跪いた。

 オレはびっくりしてオディットを立たせようとするが、オディットは跪いたまま言葉を紡ぐ。


「"しなりお"と違う俺の記憶、きっとこれは俺だけのものなのでしょう。…ならば私はあなたに仕えます。例え、私が"げーむ"の"きゃらくたー"だとしても、あなたに対して抱いた感情までは作られたものじゃないと信じたいから。…これまで失礼な態度を取りました。お許し頂けますか?」

「やめてくれよ!お前はお前のままでいいし、オレをアイリーンだと無理に思わなくてもいいんだ!」

「それでも…私にとってのアイリーン様は、きっとサカマキアキヒコ、あなたです」


 オディットは静かに言葉を紡ぐ。

 その言葉には重みがあって、オディットが心から本当のことを伝えてくれているのだとわかった。

 ならオレとして言える言葉は一つだ。


「…許す。だから、これからもオレと一緒にいて、オレを助けて、オレが間違えたら叱ってくれ。いつもみたいに。オレがこの世界で一番頼りにするのはお前だからな。…執事と主人でも、オレたちは同じものを知っていて同じところに立つ、…相棒だ」


 なんだか恥ずかしくなってソファに胡座をかいたままふんぞり返ってそう言うと、オディットは花が綻ぶように笑った。あまりに嬉しそうなその様子に、オレはむず痒くなって冷めた紅茶を一気に飲み干すのだった。



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