手遅れな召喚者はお使いを頼まれる

桜杜あさひ

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月夜の告白

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その日の夜。
僕は部屋の窓から月を眺めていた。

「この世界にも月があるのか~。2つだけど」

そう呟きながら月の様子を日記にメモをしておく。異世界に来た日から目にしたものや感じたこと、出会った人などあらゆる出来事を日記に記すようにしている。この世界での事を忘れないようにだ。

メモを書き終わりベッドに寝転がった時だった。こんこんとドアをノックする音がした。

「誰ですか?」
「私よ、私! エレオノーラ!」
「なんだノーラちゃんか。どうぞどうぞ」

彼女はぬいぐるみを胸に抱えながら部屋に入ってきた。

「失礼するわ……ってノーラちゃんって呼ぶなぁ!」
「ごめんごめん、ノーラちゃんって妹っぽくて。それでどうしたの?」

ジンがベッドに腰かけるとノーラはとてとてと歩いてジンの横に腰を下ろした。

「ど、どうしたの?もしかして寝れなくなっちゃった?あ、でもさっき妹って言ったのは雰囲気がって話で実際に一緒に寝るとかは……」

「ち、ちがうわよ!……その、話があって。ジンが明日出発するからその前にって」

ジンはうんうんと頷いて話を聞く体勢をとる。
するとノーラは意を決したように、突然立ち上がりお辞儀をした。

「ごめん!ごめんなさい!」
「え、どうしたの急に」

ノーラは頭を下げたままぷるぷると体を震わせていた。理由は分からなかったがジンは頭をできるだけ優しく撫でた。手が触れた時、ノーラは一瞬だけビクッとしたけど何回か撫でると震えは止まったようだった。

「大丈夫。なにも恥ずかしい事じゃない。だから言ってごらん」

この時、僕はノーラちゃんが本当に寝れなくなったんだろう、とか怖いからトイレについてきて、とかそういう事だろうと呑気に考えていた。会って2、3日でどれだけ懐かれたんだろう、知らない人についていきそう、と思いこの子の未来が心配になった。

「実は、私なの……」


「ん?勝手に僕のお小遣いを使おうとしたら日本円で使えなかったとか?」

「ちがうわよ!私はお金もってるし!そうじゃなくて……」

ノーラはまなじりに涙を溜めて上目遣いでジンを見つめた。

「じゃなくて……?」

僕は首をかしげて答えを待つ。ノーラちゃんは夜中だというのに大きな声で叫んだ。

「私なの!私がジンをこの世界に転移させたの!!」

「へ?」

ジンは間の抜けた声を出し目が点になる。


「その、ノーラちゃんが、僕をここに……?」

ジンが片言気味に確認するとノーラはこくりと小さな頭を頷かせた。

「はぁ…………そっかぁ!僕はてっきりトイレか添い寝かと」

「なによそれ!っていうかなんで怒らないのよ!?」

「え?なんで怒るの?」

「なんでってそりぁ!私がジンを転移させた犯人で、そのせいでジンが危険な旅に出なきゃいけなくなって、だから!」

「わ、わかったから落ち着いて」

そりぁ少しは驚いた。あのローブの人物がノーラちゃんだとは。確かに思い出すと声も少女のものだったしなぁ。

ジンがノーラの方を見ると今にも泣きそうな顔だった。

「んー、でもそうだなぁ。僕は怒ってなんかないよ」

「な、なんで?」

「だってノーラちゃんが僕を転移させたってことは、ノーラちゃんは僕の命の恩人ってことになるんだよ」

「……?」
ノーラは状況が掴めないでいた。しかしそれもそうだろう。自分のせいで大変なことに巻き込んだのだ。それを知って怒っていない方がおかしい。

ノーラが不思議そうに見つめているとジンはなぜだかもじもじしていた。

「あのー、実はですね。僕、転移された時に崖から絶賛落下中だったんです。いや、その魔が刺したというか?ガイドさんのせいというか?やっぱり自分のせいというか?」

なぜか急に敬語で話し始めたジンはあたふたしていてノーラにはそれがおかしかった。

「ふ、ふふっ!あははは!何それ!」

さっきまで泣きべそをかいていたノーラが笑うので、ジンもつられて笑った。

ひとしきり笑った後、ノーラはいつもの調子に戻ったようで、
「ならそうね。これからは命の恩人である私に感謝して生きることね!」

ははーと土下座の体勢でノーラを崇め奉るジンにふと疑問がわいてきた。

「そういえば。なんでノーラちゃんは召喚なんかしたの?それじゃユキトさんが帰れなくなるのに」

するとノーラは黙ってしまった。顔を覗き込むと耳まで真っ赤にしている。

「ははーん。なるほどー?」

「な、なによ」

ノーラはぬいぐるみ越しにジンを睨む。

「なんでもないよ」と腕を広げて見せた。

「なによ。分かってるんでしょ」
「ノーラちゃんはユキトさんに帰って欲しくなかったってこと?」

「~~~~~~~!!」

ノーラはバタバタとぬいぐるみをジンの頭に叩きつけた。声にならない音を発しながら。

「ごめんごめん!でもそっか。ノーラちゃんはユキトさんが好きなのか」

「そこまで言ってないでしょ!?」
「え、好きじゃないの?」

また黙り込んだノーラは沈黙した後、

「……すき」

と小さい声で言った。
そして何かを吹っ切ったように頬を膨らませて顔を上げる。

「今はまだこんなだけど、いつかオリビア様みたいな大人の女性になるんだから!」

「ほほう?」
ジンはノーラの全身をまじまじと見る。どう見ても10歳そこらにしか見えない容姿の彼女は、実は16歳でジンの一つ下だ。

「それで私決めたわ!」 
「ん?」

ジンがノーラを観察している間に何かを決断したらしい。

「私、あなたの旅についてく!」
「え?」

突然の宣言に混乱した。状況を整理したい。

「まず、ノーラちゃんはユキトさんに居て欲しかったから召喚をした。つまり側にいたい訳だよね?」

「そうよ」
「なのに僕の旅についてくるの?」
「だからそうだって言ってるじゃない」

「なんで!?」

意味が分からない少女だ。矛盾しかない。ジンは頭を抱えた。

「私は成長したいのよ」
「まぁ確かに16歳とは思えないね」
「どこ見て言ってんのよ!」

ジンはバシッと叩かれて、はてなマークを頭の上に並べる。

「全部よ。体もそうだし心とか全部引っくるめて人間的に成長したいの」

「なるほど」

わかるなぁとしみじみ思う。
旅っていうのは出会いと別れを繰り返すし、未知の体験の連続だ。人がなぜ旅をするのかというと根本にあるのは自分の容量を増やすこと、つまり自分の成長を求めるからだと僕は思う。

かくいう僕もそうだから、ノーラちゃんの気持ちはわかる。
そうか。この子も一緒なのか。そう思うと勝手に返事をしていた。

「わかった。じゃあ今から僕らは旅の仲間だ」

ノーラの顔はぱぁっと明るくなる。
「ふふ。じゃあ明日からよろしくねジン」
言ってノーラはご機嫌で部屋を後にした。



部屋にひとりになった僕はベッドに寝転び天井を見つめた。これで旅の仲間をひとり得たわけだ。勇者一行の魔導師というのは心強い。

ただ、なんだろう、すごい嫌な予感がする。

だってそうだろう。
今までスルーしてたけど、『危険な』旅ってなんだよ。ノーラちゃんもあんなに泣きながら謝ってきたんだ。
そんなに危険なのだろうか。

もしかしたら僕は、とんでもない安請け合いをしてしまったのかもしれない。

その日は一抹の不安を感じながら、眠りについた。




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