愛しい心は千歳よりさらに

はなおくら

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 あれから何者かが命を狙いにくる事は無かった。

 恐ろしくはあったが、気にしない様にして今はお稲荷を拵えていた。

「きつな、きつめ、これを獣神様に届けてくれる?」

 キヨの作ったお稲荷を食べながら、ご機嫌よくしている二匹に包んだお稲荷を渡した。

 二匹は自分たちの分を食べ終わると、キヨの持たせた包みを口に加えて外へと駆けて行った。

 それを見送り、また家の事を始める。

 日が落ちかけた頃、玄関の方から声がした。

 キヨはその声を聞いた瞬間、身体が硬直した。
 恐る恐る玄関に顔を見せると、梅の姿があった。

 その後ろには自分の命を奪おうとした男が無表情でこちらを見ていた。

「急にすまぬな、そなたに話があって来たのだが良いか?」

 不躾に部屋の中を見回しながら梅が言う。

「…はい…何もありませんが…どうぞ…。」

 家に梅たちをあげてお茶の準備を始めた。
 しかしお茶を入れるだけの動作で、手が震え心臓は早鐘の様に鳴っている。

  震える手を抑えて梅の前に茶を出すと自分も少し離れたところに向かい合って座った。

「今日は…どの様な御用でしょうか…?」

「そなたもわかっているであろう?」

 梅はそういうと扇子を広げて顔の前を覆うと目だけ出してキヨを頭から足先まで見下した様に見た。

「今吉ほどの美男子はそうそうおらん。そなたにはもったいないお方じゃ。はよ別れよ。」

 悔しくて涙が出てくる。だがこの時、今吉が梅の侍女に言ったことが蘇ってきた。
 それを思い出すと不思議と自信がつく。

「いえ…私は今吉さんとは別れません…。」

 梅の目を見据えて言い切ったキヨに、パンっと扇子を閉じ怒鳴り声を上げた。

「なんと!……もう良い…そなたがそこまで強情ならば…っ‼︎」

 その時キヨの首筋にまたあの男が刃物を添えてくる。

「ここで選べ、そなたの命かそれとも今吉の命、そなたが別れぬと言うなら今吉を殺す。それでもそなたは別れないというのかっ‼︎」

 この時キヨは心が折れた。今吉の命とまで言われて仕舞えば強気ではいられない。

 あれほど震えていた身体が血の気が引いた様に、身体の力が抜けていく感覚がする。

 一度瞳を閉じ今吉との思い出が走馬灯の様に流れる。
 どれも愛おしくかけがえのない記憶だ。

 だが心を決めなければならない。キヨは震える声で言った。

「今吉さんと別れます……。」

 この一言が苦しくてたまらない。だが梅からしてみれば軽いものなのだろう。

「ふんっ!初めからそういえばいいものを…。良いか?少しの間猶予をやろう、その間に今吉と綺麗さっぱり別れることじゃ…」

 そう言っとお茶に口もつけず梅たちは家を出て行った。

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