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妻子が可愛い夫と夫がよくわからない妻(10)
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エルシーはその声に真剣に耳を傾けながら、じっと絵を見つめている。オネルヴァもエルシーの反応を確認しながら、口調や声色をかえて本を読む。
だから、イグナーツが部屋に入ってきたことに気がつかなかった。
「本を読んでいたのか?」
それは、オネルヴァが「おしまい」と言ったあとだった。
彼も湯浴みを終えたのか、寝衣姿である。いつもは後ろに撫でつけられている髪も、今は自然と下がっていた。
「お父さま。お父さまは、ここに寝てください」
いつからイグナーツはそこに立っていたのだろう。もしかして、絵本を読んでいたところを聞かれてしまったのではないか。
ぱっとオネルヴァの頬が熱を帯びる。なぜか恥ずかしいと感じてしまった。
「ここでいいのか?」
イグナーツはエルシーに言われるがまま寝台にあがると、その場ですぐに横になった。
「はい。エルシーはお父さまとお母さまの真ん中です」
エルシーも横になる。オネルヴァは手にしていた絵本を片づけると、ガウンを脱いでエルシーの隣で横になった。
「明かりを消そうか?」
「お父さま。明かりは、豆明かりにしてください」
豆明かりとは、魔石灯を全部消さずに少しだけ灯しておくこと。豆明かりにすれば、部屋は真っ暗闇ではなく、薄闇になる。
「わかった」
イグナーツが部屋の中心にある煌々と輝く魔石灯にぴっと指を向けた。明かりは次第に弱まっていく。
「お母さまのお顔が見えます。こちらにはお父さまがいます」
豆明かりであれば、人の姿もなんとなく見える。
オネルヴァの隣からは、うふふ、うふふと、エルシーの嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。
「エルシー。そうやって興奮しては眠れなくなりますよ。気持ちを落ち着かせましょう」
オネルヴァが手を伸ばし、エルシーの小さな手を握った。
「こっちの手はお父さまと」
エルシーは手を繋いで寝るのが気に入ったようだ。空いているもう片方の手は、イグナーツと繋ぐつもりらしい。
「お父さまもお母さまもあったかいです」
「エルシーもあったかいですよ。ですが、おしゃべりはやめて、眠りましょうね」
「はいっ」
エルシーの返事も、どことなく気が昂っているようにも聞こえた。
「おやすみなさい、お父さま、お母さま」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
その挨拶が合図となり、三人は口をつぐんだ。
オネルヴァは目を閉じなかった。薄闇の中に見える天蓋をぼんやりと見つめている。
エルシーによって力強く握られていた手からは次第に力が抜けていき、そのうち、すぅすぅと小さな寝息が聞こえてきた。
オネルヴァは顔だけ横に向ける。ぷくっとしたほっぺのエルシーが、目を瞑っている。
「エルシー」
オネルヴァは小声で呼んでみた。
「眠ったようだな」
返ってきたのはイグナーツの声である。
もう一度オネルヴァは天蓋を見つめた。不思議な気分だ。
オネルヴァがいつも寝る時間よりも、まだ早い。きっとイグナーツもそうだろう。
「旦那様もお眠りになりますか? 普段よりも、早い時間だとは思いますが」
「そうだな。エルシーが起きた時に俺たちがいないと、がっかりするだろう?」
かさりと衣擦れの音がする。
「俺は、もう少し起きている。だが、寝るときはここに戻ってくる。オネルヴァはどうする?」
オネルヴァにとっても寝るにはまだ早い時間ではあるが、この温もりが心地よく、これから抜け出すには相当の決意が必要だ。
「わたくしは、このままで」
「そうか」
部屋を出ていく彼の後姿を、ぼんやりと見送った。
*~*~苺の月八日~*~*
『にんじんが たべられるようになりました
エルシーがおねえさまになったとき
にんじんがたべられないと はずかしいです
おとうさまとおかあさまがけっこんしたから
エルシーもおねえさまになります
エルシーはいつ おねえさまになりますか?』
だから、イグナーツが部屋に入ってきたことに気がつかなかった。
「本を読んでいたのか?」
それは、オネルヴァが「おしまい」と言ったあとだった。
彼も湯浴みを終えたのか、寝衣姿である。いつもは後ろに撫でつけられている髪も、今は自然と下がっていた。
「お父さま。お父さまは、ここに寝てください」
いつからイグナーツはそこに立っていたのだろう。もしかして、絵本を読んでいたところを聞かれてしまったのではないか。
ぱっとオネルヴァの頬が熱を帯びる。なぜか恥ずかしいと感じてしまった。
「ここでいいのか?」
イグナーツはエルシーに言われるがまま寝台にあがると、その場ですぐに横になった。
「はい。エルシーはお父さまとお母さまの真ん中です」
エルシーも横になる。オネルヴァは手にしていた絵本を片づけると、ガウンを脱いでエルシーの隣で横になった。
「明かりを消そうか?」
「お父さま。明かりは、豆明かりにしてください」
豆明かりとは、魔石灯を全部消さずに少しだけ灯しておくこと。豆明かりにすれば、部屋は真っ暗闇ではなく、薄闇になる。
「わかった」
イグナーツが部屋の中心にある煌々と輝く魔石灯にぴっと指を向けた。明かりは次第に弱まっていく。
「お母さまのお顔が見えます。こちらにはお父さまがいます」
豆明かりであれば、人の姿もなんとなく見える。
オネルヴァの隣からは、うふふ、うふふと、エルシーの嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。
「エルシー。そうやって興奮しては眠れなくなりますよ。気持ちを落ち着かせましょう」
オネルヴァが手を伸ばし、エルシーの小さな手を握った。
「こっちの手はお父さまと」
エルシーは手を繋いで寝るのが気に入ったようだ。空いているもう片方の手は、イグナーツと繋ぐつもりらしい。
「お父さまもお母さまもあったかいです」
「エルシーもあったかいですよ。ですが、おしゃべりはやめて、眠りましょうね」
「はいっ」
エルシーの返事も、どことなく気が昂っているようにも聞こえた。
「おやすみなさい、お父さま、お母さま」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
その挨拶が合図となり、三人は口をつぐんだ。
オネルヴァは目を閉じなかった。薄闇の中に見える天蓋をぼんやりと見つめている。
エルシーによって力強く握られていた手からは次第に力が抜けていき、そのうち、すぅすぅと小さな寝息が聞こえてきた。
オネルヴァは顔だけ横に向ける。ぷくっとしたほっぺのエルシーが、目を瞑っている。
「エルシー」
オネルヴァは小声で呼んでみた。
「眠ったようだな」
返ってきたのはイグナーツの声である。
もう一度オネルヴァは天蓋を見つめた。不思議な気分だ。
オネルヴァがいつも寝る時間よりも、まだ早い。きっとイグナーツもそうだろう。
「旦那様もお眠りになりますか? 普段よりも、早い時間だとは思いますが」
「そうだな。エルシーが起きた時に俺たちがいないと、がっかりするだろう?」
かさりと衣擦れの音がする。
「俺は、もう少し起きている。だが、寝るときはここに戻ってくる。オネルヴァはどうする?」
オネルヴァにとっても寝るにはまだ早い時間ではあるが、この温もりが心地よく、これから抜け出すには相当の決意が必要だ。
「わたくしは、このままで」
「そうか」
部屋を出ていく彼の後姿を、ぼんやりと見送った。
*~*~苺の月八日~*~*
『にんじんが たべられるようになりました
エルシーがおねえさまになったとき
にんじんがたべられないと はずかしいです
おとうさまとおかあさまがけっこんしたから
エルシーもおねえさまになります
エルシーはいつ おねえさまになりますか?』
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