41 / 76
妻が気になる夫と娘が気になる妻(7)
からっとした青空の日差しから逃れるかのように、鍔の大きな帽子をかぶって影を作る。
ラベンダーを摘んでいるオネルヴァとエルシーに、日傘をさしてさらに影を作っているのは、ヘニーとリサである。
「おかあさま、これくらいでいいですか?」
「そうですね。これだけあれば十分ですね」
エルシーの籠の中には、びっしりとラベンダーが入っていた。つい、夢中になって摘み取ってしまった。
オネルヴァはエルシーと匂い袋を作ろうとしていた。だが、時期的にラベンダーが楽しめると庭師からも聞き、匂い袋ではなくラベンダースティックにしてはどうかとエルシーに提案した。
すると彼女は、顔中に喜びの笑みを浮かべた。
摘みたてのラベンダーは水分が多くて折れやすいため、一日程乾燥させてから作る。
「奥様、お嬢様。お茶の準備が整っております」
摘んだラベンダーは、風通しのよい日陰に吊るした。それが終わったところで、ヘニーに声をかけられた。
「エルシー。喉がかわきましたね」
「はい」
元気よく返事をするエルシーに微笑んでみるが、やはりイグナーツとよく似ている。父と娘ではなく、伯父と姪であると知ってから十日程過ぎた。だからといって、何かが変わったわけでもない。
「お母さま」
唇の端に、ケーキのクリームをつけながらも、エルシーは真剣な顔でオネルヴァを見つめていた。
「どうしました? 何か、悩み事でも?」
「やっぱり、お父さまとお母さまは、結婚式をしたほうがいいと思うのです」
「急にどうしました?」
オネルヴァが腕を伸ばして、エルシーの口の端のクリームをぬぐう。
「お父さまとお母さまがきちんと結婚式をすれば、二人の間に赤ちゃんが生まれて、エルシーはお姉さまになれると思うのです。結婚式をしないから、赤ちゃんが生まれないのです」
彼女の口ぶりから察するに、エルシーなりに一生懸命考えて伝えようとした気持ちが伝わってくる。
オネルヴァはそれにどうやって答えたらいいのかがわからない。
エルシーが妹か弟を欲しがっているのは、今までの言動からもなんとなく察していた。だが、その言葉ときちんと向き合わず、曖昧なやりとりで逃げていたのも事実。
「そうですね。ですが、子は授かり者ですから、望んでもすぐに生まれるわけでもないのですよ?」
オネルヴァがやんわりと答えると、エルシーはきょとんと目をまんまるくしている。
「結婚したら、赤ちゃんは生まれるわけではないのですか?」
どうやら彼女はそう思っていたらしい。だから、すぐに弟妹ができると思っていたのだろう。
オネルヴァは言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。エルシーは真面目な顔でオネルヴァの話を聞いていたが、彼女の結論は「エルシーもお姉さまになれるように、お勉強がんばります」だった。
純粋なエルシーにこれ以上の現実を突きつけるのは気が引ける。
「そうですね」
にこやかに笑って誤魔化した。
そもそもオネルヴァはエルシーの母親として求められているが、イグナーツの妻としては求められていない。そんな彼との間に子が授かるとは思えないのだ。
イグナーツとは口づけをする関係になった。しかしそれも一種の治療行為であり、あのときのみの行為である。そういった愛情を確かめるための行為ではない。
エルシーには悪いが、彼女の弟妹を授かることはない。
そう思っただけで、胸がキリッと痛み目頭が熱くなった。
ラベンダーを摘んでいるオネルヴァとエルシーに、日傘をさしてさらに影を作っているのは、ヘニーとリサである。
「おかあさま、これくらいでいいですか?」
「そうですね。これだけあれば十分ですね」
エルシーの籠の中には、びっしりとラベンダーが入っていた。つい、夢中になって摘み取ってしまった。
オネルヴァはエルシーと匂い袋を作ろうとしていた。だが、時期的にラベンダーが楽しめると庭師からも聞き、匂い袋ではなくラベンダースティックにしてはどうかとエルシーに提案した。
すると彼女は、顔中に喜びの笑みを浮かべた。
摘みたてのラベンダーは水分が多くて折れやすいため、一日程乾燥させてから作る。
「奥様、お嬢様。お茶の準備が整っております」
摘んだラベンダーは、風通しのよい日陰に吊るした。それが終わったところで、ヘニーに声をかけられた。
「エルシー。喉がかわきましたね」
「はい」
元気よく返事をするエルシーに微笑んでみるが、やはりイグナーツとよく似ている。父と娘ではなく、伯父と姪であると知ってから十日程過ぎた。だからといって、何かが変わったわけでもない。
「お母さま」
唇の端に、ケーキのクリームをつけながらも、エルシーは真剣な顔でオネルヴァを見つめていた。
「どうしました? 何か、悩み事でも?」
「やっぱり、お父さまとお母さまは、結婚式をしたほうがいいと思うのです」
「急にどうしました?」
オネルヴァが腕を伸ばして、エルシーの口の端のクリームをぬぐう。
「お父さまとお母さまがきちんと結婚式をすれば、二人の間に赤ちゃんが生まれて、エルシーはお姉さまになれると思うのです。結婚式をしないから、赤ちゃんが生まれないのです」
彼女の口ぶりから察するに、エルシーなりに一生懸命考えて伝えようとした気持ちが伝わってくる。
オネルヴァはそれにどうやって答えたらいいのかがわからない。
エルシーが妹か弟を欲しがっているのは、今までの言動からもなんとなく察していた。だが、その言葉ときちんと向き合わず、曖昧なやりとりで逃げていたのも事実。
「そうですね。ですが、子は授かり者ですから、望んでもすぐに生まれるわけでもないのですよ?」
オネルヴァがやんわりと答えると、エルシーはきょとんと目をまんまるくしている。
「結婚したら、赤ちゃんは生まれるわけではないのですか?」
どうやら彼女はそう思っていたらしい。だから、すぐに弟妹ができると思っていたのだろう。
オネルヴァは言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。エルシーは真面目な顔でオネルヴァの話を聞いていたが、彼女の結論は「エルシーもお姉さまになれるように、お勉強がんばります」だった。
純粋なエルシーにこれ以上の現実を突きつけるのは気が引ける。
「そうですね」
にこやかに笑って誤魔化した。
そもそもオネルヴァはエルシーの母親として求められているが、イグナーツの妻としては求められていない。そんな彼との間に子が授かるとは思えないのだ。
イグナーツとは口づけをする関係になった。しかしそれも一種の治療行為であり、あのときのみの行為である。そういった愛情を確かめるための行為ではない。
エルシーには悪いが、彼女の弟妹を授かることはない。
そう思っただけで、胸がキリッと痛み目頭が熱くなった。
あなたにおすすめの小説
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
恋詠花
舘野寧依
恋愛
アイシャは大国トゥルティエールの王妹で可憐な姫君。だが兄王にただならぬ憎しみを向けられて、王宮で非常に肩身の狭い思いをしていた。
そんな折、兄王から小国ハーメイの王に嫁げと命じられたアイシャはおとなしくそれに従う。しかし、そんな彼女を待っていたのは、手つかずのお飾りの王妃という屈辱的な仕打ちだった。それは彼女の出自にも関係していて……?
──これは後の世で吟遊詩人に詠われる二人の王と一人の姫君の恋物語。
夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~
麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。
夫「おブスは消えなさい。」
妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」
借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!