32 / 44
姉の身代わりに
7.
☆☆☆
エリンが初めてリーゼルと出会ったのは、まだエリンが七歳の頃だった。マキオン公爵家のお茶会に、当時はまだ伯爵家の令嬢であったリーゼルが母親と一緒に参加していた。マキオン公爵夫人の噂もあってか、その娘であるエリンに近づこうとする子供たちはいなかった。遠巻きに自分たちが巻き込まれないような程度の距離を保って、見かけだけの付き合い。子供であるエリンにもそれを感じ取ることはできた。とにかくマキオン公爵夫人の醜聞に巻き込まれないように、という距離を保とうとしていることが。
――つまらない。
同じような年の女の子が集まると聞いていた。だけど、つまらない集まり。のっぺらぼうの仮面をかぶった者たちの集まり。それは大人だけでなく、その子供たちも同様に。
エリンは母親に一言告げると、お茶会の会場からこの庭へと逃げてきた。この庭はマキオン公爵家の自慢の庭である。庭師が丹精込めて手入れをし、それをエリンも手伝っていた。土いじりをするエリンを、母親は面白くなさそうに見ていて、その場を見られてしまうと激しく折檻された。
――うわぁ、きれーね。おかあさま。
――きっと、このお世話をされている方の心が優しいのでしょうね。お花は、世話をしている人の心を映すと言われていますからね。
その声が気になってそちらの方へ足を向けると、一組の母娘。エリンに気付いた母親が丁寧に頭を下げる。
――綺麗なお庭でしょ?
気づいたらエリンはそう声をかけていた。するとリーゼルはくしゃくしゃに顔を歪ませて「うん」と大きく頷いた。
それがエリンにとっては、心にぽわっと光が灯るように嬉しかった。リーゼルの母親もエリンに幾言か声をかけてきた。だからエリンが庭について説明をすると、その母親も感心したように、彼女の話を聞いていた。
――エリンさま。また、あそびにきてもいいですか?
――ええ、もちろん。
エリンはそう答えていた。
だが、リーゼルとその母親はその後、遊びに来るようなことはなかった。
そして、とうとうエリンの母親も、エリンと父親を置いてこの家から出て行ってしまった。マキオン公爵家の醜聞ともいえる出来事。
それから一年後、学院に通う前にとエリンに家庭教師がつけられた。それがリーゼルの母であった。
あの後、リーゼルの父は亡くなってしまったらしい。元々身体が丈夫ではなかったとか。そして、リーゼルの祖父の爵位はその父の弟、つまりリーゼルから見たら叔父が継ぐことになったとか。だから、リーゼルと母親は実家に戻った。
伯爵家の方でもリーゼルとその母親を離れに住まわせようとしていたらしいのだが、最愛の人を失った場所に留まるのは辛いと、リーゼルの母親が口にしていた、とか。
他人から聞いた話だから、それが事実かどうかはエリンにはわからない。
そのリーゼルの母親が仕事を探していると聞きつけたエリンが、是非とも彼女に家庭教師をお願いしたいと父親に頼み込んだ。少し人間不信になりかけていた娘が、このように他人に興味を持ったことに驚いた父親は、リーゼルの母親をエリンの家庭教師として迎え入れた。
リーゼルの母親は、家庭教師としても優秀だった。学院時代に、エリンが学年トップの成績を維持できていたのも、彼女の教えがあったからといっても過言ではない。
悪知恵が働くエリンは、リーゼルの母親を自分の母親にしたいと言い出した。つまり、父親であるマキオン公爵家にリーゼルの母親と再婚をしろ、と迫ったのだ。エリンの言葉を聞いた二人がどう思ったかは知らないが、その後二人は再婚をし、二人の間には男の子が生まれた。だから、まんざらでも無かったのかもしれない。
だけど、エリンには一つだけ許せないことがあった。リーゼルがエリンと出会ったことを覚えていなかったこと。それを母親に問い詰めると、きっとその後すぐに父親が亡くなってしまったから、記憶が混乱しているのかもしれないわね、と生まれたばかりの弟を抱っこしながら答えていた。
――それでも、あの子はね。またここに遊びに来ることを楽しみにしていたのよ。
抱いてみる? と母親から受け取った弟は、エリンにも似ていたしリーゼルにも似ていた。この弟は二人を繋ぐ架け橋みたいな存在であると、エリンは思った。
エリンが初めてリーゼルと出会ったのは、まだエリンが七歳の頃だった。マキオン公爵家のお茶会に、当時はまだ伯爵家の令嬢であったリーゼルが母親と一緒に参加していた。マキオン公爵夫人の噂もあってか、その娘であるエリンに近づこうとする子供たちはいなかった。遠巻きに自分たちが巻き込まれないような程度の距離を保って、見かけだけの付き合い。子供であるエリンにもそれを感じ取ることはできた。とにかくマキオン公爵夫人の醜聞に巻き込まれないように、という距離を保とうとしていることが。
――つまらない。
同じような年の女の子が集まると聞いていた。だけど、つまらない集まり。のっぺらぼうの仮面をかぶった者たちの集まり。それは大人だけでなく、その子供たちも同様に。
エリンは母親に一言告げると、お茶会の会場からこの庭へと逃げてきた。この庭はマキオン公爵家の自慢の庭である。庭師が丹精込めて手入れをし、それをエリンも手伝っていた。土いじりをするエリンを、母親は面白くなさそうに見ていて、その場を見られてしまうと激しく折檻された。
――うわぁ、きれーね。おかあさま。
――きっと、このお世話をされている方の心が優しいのでしょうね。お花は、世話をしている人の心を映すと言われていますからね。
その声が気になってそちらの方へ足を向けると、一組の母娘。エリンに気付いた母親が丁寧に頭を下げる。
――綺麗なお庭でしょ?
気づいたらエリンはそう声をかけていた。するとリーゼルはくしゃくしゃに顔を歪ませて「うん」と大きく頷いた。
それがエリンにとっては、心にぽわっと光が灯るように嬉しかった。リーゼルの母親もエリンに幾言か声をかけてきた。だからエリンが庭について説明をすると、その母親も感心したように、彼女の話を聞いていた。
――エリンさま。また、あそびにきてもいいですか?
――ええ、もちろん。
エリンはそう答えていた。
だが、リーゼルとその母親はその後、遊びに来るようなことはなかった。
そして、とうとうエリンの母親も、エリンと父親を置いてこの家から出て行ってしまった。マキオン公爵家の醜聞ともいえる出来事。
それから一年後、学院に通う前にとエリンに家庭教師がつけられた。それがリーゼルの母であった。
あの後、リーゼルの父は亡くなってしまったらしい。元々身体が丈夫ではなかったとか。そして、リーゼルの祖父の爵位はその父の弟、つまりリーゼルから見たら叔父が継ぐことになったとか。だから、リーゼルと母親は実家に戻った。
伯爵家の方でもリーゼルとその母親を離れに住まわせようとしていたらしいのだが、最愛の人を失った場所に留まるのは辛いと、リーゼルの母親が口にしていた、とか。
他人から聞いた話だから、それが事実かどうかはエリンにはわからない。
そのリーゼルの母親が仕事を探していると聞きつけたエリンが、是非とも彼女に家庭教師をお願いしたいと父親に頼み込んだ。少し人間不信になりかけていた娘が、このように他人に興味を持ったことに驚いた父親は、リーゼルの母親をエリンの家庭教師として迎え入れた。
リーゼルの母親は、家庭教師としても優秀だった。学院時代に、エリンが学年トップの成績を維持できていたのも、彼女の教えがあったからといっても過言ではない。
悪知恵が働くエリンは、リーゼルの母親を自分の母親にしたいと言い出した。つまり、父親であるマキオン公爵家にリーゼルの母親と再婚をしろ、と迫ったのだ。エリンの言葉を聞いた二人がどう思ったかは知らないが、その後二人は再婚をし、二人の間には男の子が生まれた。だから、まんざらでも無かったのかもしれない。
だけど、エリンには一つだけ許せないことがあった。リーゼルがエリンと出会ったことを覚えていなかったこと。それを母親に問い詰めると、きっとその後すぐに父親が亡くなってしまったから、記憶が混乱しているのかもしれないわね、と生まれたばかりの弟を抱っこしながら答えていた。
――それでも、あの子はね。またここに遊びに来ることを楽しみにしていたのよ。
抱いてみる? と母親から受け取った弟は、エリンにも似ていたしリーゼルにも似ていた。この弟は二人を繋ぐ架け橋みたいな存在であると、エリンは思った。
あなたにおすすめの小説
片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた
アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。
高校生くらいから何十回も告白した。
全て「好きなの」
「ごめん、断る」
その繰り返しだった。
だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。
紛らわしいと思う。
彼に好きな人がいるわけではない。
まだそれなら諦めがつく。
彼はカイル=クレシア23歳
イケメンでモテる。
私はアリア=ナターシャ20歳
普通で人には可愛い方だと言われた。
そんなある日
私が20歳になった時だった。
両親が見合い話を持ってきた。
最後の告白をしようと思った。
ダメなら見合いをすると言った。
その見合い相手に溺愛される。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
仮面王の花嫁
松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。
しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。