幼妻は生真面目夫から愛されたい!

澤谷弥(さわたに わたる)

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幼妻の場合(5)

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 浴槽にはカトリーナ推薦の花びらが浮かぶバスフレグランスを使用している。そのため、お湯の色は乳白色になっていて、その上に花びらが浮かんでいた。
 だから湯の中に入ってしまえば、お互いの肌は見えない。

 さらにオリビアは、カトリーナに教えてもらったシュミーズを着ていた。下の下着はつけていないが、膝上十センチまでの丈があるため、こちらも見られて恥ずかしい部分は隠れているはずである。

 クラークが立ち上がり、オリビアに背を向けたまま浴槽に入る。身体の大きな彼もゆったりと足を伸ばせるような、広い浴槽だ。

「おいで」

 まるで子猫を呼ぶような優しい声で、クラークがオリビアに手を伸ばす。オリビアはその手をとり、浴槽に足を入れた。

 チャプン――。

 彼に背中を預けるように抱っこされ、浴槽に入る。お湯の温度かクラークの体温かわからないが、とにかく背中が温かい。

「君は十八歳になったんだな。おめでとう」
「はい、先月……」
「贈り物もせずに、悪かった」
「いいえ、こうやって旦那様が無事に帰ってきてくださったことが、何よりもの贈り物です」
「そうか」

 クラークがオリビアの首元に顔を埋めた。

「旦那様? どうかされましたか?」
「いや……。君からそう言ってもらえたことが、自分でも思っていたより、嬉しかったようだ」
「遠征は、大変でしたか?」
「そうだな……」

 王国騎士団第三部隊が派遣されたのは、北にある公爵領である。大きな水害が発生し、山は崩れ、街は水に飲まれ、領地の八割が損害を被ったとのこと。クラークは団長という立場から、第三部隊と共に自ら赴いた。

「死者が出なかったことだけ、幸いだった……」

 それは、二年前の王都で起こった大火事からの教訓のようだ。

 半年も北の領地に行っていたのは、その領地の再建のためだ。そして、彼らの生活に必要な状態が整ったため、騎士団も王都に戻ってくることができたのである。
 騎士たちは、部隊単位で交代しながら北の領地に派遣されていたが、クラークは団長という立場があるため、半年もそこにいる必要があった。

「俺が不在の間、家のことをやってくれていたそうだな。助かった」
 それから、と彼が言葉を続ける。
「君にずっと言わなくてはならないと思っていたことがある」

 クラークがオリビアの首元に顔を埋めたまま喋るので、その吐息が肌に触れる。
「団長のこと。申し訳なかった……。君から家族を奪ってしまった……」
 団長であるクラークが団長と呼ぶのは、オリビアの父であるアトロのことだ。
 きっと彼は、アトロが亡くなったことを謝罪しているのだ。

「どうして、旦那様が謝るのですか?」
「俺たちがもっと早く動いていれば、助かった命であると思っている」

 オリビアはゆっくりと首を横に振る。

「謝らないでください。父が助けた赤ん坊が、今では歩いているんです。男の子だったんです。父の月命日に、顔を見せにきてくれるんです。父が助けた命が、そうやって成長していくこと、嬉しく思います。だから、謝らないでください。父の死を、惨めなものにしないでください」

 オリビアはそう思っていた。赤ん坊の母親も、アトロに感謝をしつつもオリビアには謝罪したのだ。そのとき、彼女は同じことを口にした。

 それから、あの母親は月命日になると、息子の顔を見せに来てくれる。それが、オリビアのささやかな楽しみでもあった。
 父親が救った命が成長していることに喜びを感じていた。

 そして今、オリビアはクラークの顔を見ることができなくて良かったと思っている。彼の顔を見たら、間違いなく泣いていただろう。
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