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幼妻の場合(6)
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「私、先にあがりますね。身体も温まりましたので」
これ以上、クラークとアトロの話をしたら、涙は溢れてくるだろう。
「ああ。そうだ」
浴槽から出ようとしたオリビアは、クラークに呼び止められた。
「はい……」
「ありがとう」
彼の言葉を耳にしたオリビアはわざとらしく、元気のいい声をあげる。
「着替えは、準備してありますので」
振り返ってクラークに声をかけたオリビアは、一瞬彼と目が合った。
だが、すぐに視線を逸らされた。
(なんで……?)
彼が視線を逸らしたことに、もちろんオリビアも気がついた。
(やはり、拒まれている……。隠す作戦も、曝け出す作戦も失敗。やはり、貧相な胸が……)
唇を噛みしめて、濡れたシュミーズを脱ぎ捨て、籠に入れる。しっとりと水分が含んでいるが、気にしている余裕などない。
彼に拒まれたその事実が、オリビアの心を悩ませていた。
新しい下着を身に着けると、先ほどとは異なる簡素なドレスに着替えた。
部屋の方に戻り、ソファにゆっくりと腰を落ち着ける。
しばらくして、クラークが戻ってきた。肩からタオルをかけているが、少しだけ濡れているその髪が、彼の色気を引き立てている。
「濡れていますよ」
立ち上がりクラークの肩にかかっているタオルを奪うと、オリビアは彼の髪の毛をゴシゴシと拭いた。
有無を言わさぬ彼女の行動に驚いたのか、クラークはじっと目を開けてオリビアを見つめている。それでも少しだけ腰をかがめてくれたのは、拭いてもいいという、彼の気持ちの表れなのだろう。
(拒まれなかった)
その事実に安堵する。
「終わりました」
「君も、少し濡れている」
クラークの手が、オリビアのうなじに触れる。後れ毛から少し水滴が零れていることに、オリビアも気づいていた。
「このくらい、すぐに乾きます」
「だが……」
いくつか零れた水滴が、着替えたばかりのまっさらなドレスの襟元を濡らしていた。
「俺のタオルで悪いが」
そう言ってクラークは、オリビアの首元とドレスの襟元をタオルで触れた。
パサリと、オリビアの結い上げていた髪が落ちる。
「す、すまない」
慌てた様子でそう口にするクラークが、なぜか可愛らしいと思えてしまった。
「気になさらないでください」
クラークは黙ってオリビアを見下ろしている。何か言いたそうに口を開きかけていた。
「旦那様……?」
「いや、なんでもない」
静かに目を伏せた彼を、ただ黙って見つめることしかできなかった。
小奇麗になったクラークと共に、食堂へと向かう。遠征先ではきっと満足な食事を取ることもできなかっただろう。
「このようなご馳走は、久しぶりだな」
クラークは目を細めると、料理人を気遣うような言葉を口にした。
「ああ、そうだ。オリビア」
結婚して二年。このように彼から名前を呼ばれたのは初めてである。いつも彼は、オリビアのことを「君」と呼んでいた。
「はい」
「少し、長い休みをもらうことができたんだ。君の誕生日を祝ってやれなかったし、誕生日の償いというわけでもないのだが、君さえよければ、どこか出かけないか?」
オリビアの心はトクトクと震え始めた。
結婚して二年。このように彼から誘われたことも初めてである。
何が起こった。どうしてこうなった。
オリビアにはわけがわからない。いつの間にか彼と結婚をしていた並みにわけがわからない。
「そうですね、考えておきます」
オリビアは、視線を逸らしてそう答えることしかできなかった。
これ以上、クラークとアトロの話をしたら、涙は溢れてくるだろう。
「ああ。そうだ」
浴槽から出ようとしたオリビアは、クラークに呼び止められた。
「はい……」
「ありがとう」
彼の言葉を耳にしたオリビアはわざとらしく、元気のいい声をあげる。
「着替えは、準備してありますので」
振り返ってクラークに声をかけたオリビアは、一瞬彼と目が合った。
だが、すぐに視線を逸らされた。
(なんで……?)
彼が視線を逸らしたことに、もちろんオリビアも気がついた。
(やはり、拒まれている……。隠す作戦も、曝け出す作戦も失敗。やはり、貧相な胸が……)
唇を噛みしめて、濡れたシュミーズを脱ぎ捨て、籠に入れる。しっとりと水分が含んでいるが、気にしている余裕などない。
彼に拒まれたその事実が、オリビアの心を悩ませていた。
新しい下着を身に着けると、先ほどとは異なる簡素なドレスに着替えた。
部屋の方に戻り、ソファにゆっくりと腰を落ち着ける。
しばらくして、クラークが戻ってきた。肩からタオルをかけているが、少しだけ濡れているその髪が、彼の色気を引き立てている。
「濡れていますよ」
立ち上がりクラークの肩にかかっているタオルを奪うと、オリビアは彼の髪の毛をゴシゴシと拭いた。
有無を言わさぬ彼女の行動に驚いたのか、クラークはじっと目を開けてオリビアを見つめている。それでも少しだけ腰をかがめてくれたのは、拭いてもいいという、彼の気持ちの表れなのだろう。
(拒まれなかった)
その事実に安堵する。
「終わりました」
「君も、少し濡れている」
クラークの手が、オリビアのうなじに触れる。後れ毛から少し水滴が零れていることに、オリビアも気づいていた。
「このくらい、すぐに乾きます」
「だが……」
いくつか零れた水滴が、着替えたばかりのまっさらなドレスの襟元を濡らしていた。
「俺のタオルで悪いが」
そう言ってクラークは、オリビアの首元とドレスの襟元をタオルで触れた。
パサリと、オリビアの結い上げていた髪が落ちる。
「す、すまない」
慌てた様子でそう口にするクラークが、なぜか可愛らしいと思えてしまった。
「気になさらないでください」
クラークは黙ってオリビアを見下ろしている。何か言いたそうに口を開きかけていた。
「旦那様……?」
「いや、なんでもない」
静かに目を伏せた彼を、ただ黙って見つめることしかできなかった。
小奇麗になったクラークと共に、食堂へと向かう。遠征先ではきっと満足な食事を取ることもできなかっただろう。
「このようなご馳走は、久しぶりだな」
クラークは目を細めると、料理人を気遣うような言葉を口にした。
「ああ、そうだ。オリビア」
結婚して二年。このように彼から名前を呼ばれたのは初めてである。いつも彼は、オリビアのことを「君」と呼んでいた。
「はい」
「少し、長い休みをもらうことができたんだ。君の誕生日を祝ってやれなかったし、誕生日の償いというわけでもないのだが、君さえよければ、どこか出かけないか?」
オリビアの心はトクトクと震え始めた。
結婚して二年。このように彼から誘われたことも初めてである。
何が起こった。どうしてこうなった。
オリビアにはわけがわからない。いつの間にか彼と結婚をしていた並みにわけがわからない。
「そうですね、考えておきます」
オリビアは、視線を逸らしてそう答えることしかできなかった。
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