幼妻は生真面目夫から愛されたい!

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
24 / 29

生真面目夫の場合(10)

しおりを挟む
◆◆◆◆

『もしかして。旦那様は、私のことが嫌いなのですか?』

 オリビアからそう尋ねられた時、クラークの全身にはビリリと痺れが走った。

 本当のことを口にすべきか。
 それとも本音は隠すべきか。

 だが、最後の最後に嘘はつきたくない。
 彼女に憎まれてもいい。彼女がこれから幸せな人生を歩むことができるのであれば、嫌われてもいい。

「嫌い、ではない。だから、君には幸せになってもらいたい。だから、君の隣にいる男は俺では駄目なのだ」

 社交界での噂も知っている。

 自分と結婚してしまったために「かわいそう」と言われている彼女。
 彼女がそう言われることが許せなかった。だが、それを言い負かすだけの話術もないし、それを覆すだけの器量もあるとは思えなかった。
 ただ彼女の側にいて、彼女に悪い虫がつかないようにと、排除することしかできなかった。

 クラークの言葉を聞いたオリビアの全ての動きが、一瞬止まったように見えた。驚いたのか藍色の目を見開き、口も閉じるのを忘れたかのようにポカンと開いている。

「オリビア……」

 彼が彼女の名を口にすると、やっと口がパクパクと動き始めた。そして、テーブルの上に置いてあった飲みかけのグラスに手を伸ばすと、クラークが止める暇もないほどに、一気に中身を飲み干した。

「わかりました……。離縁しましょう。あなたがそこまで言うのなら」

 彼女の目からは、静かに涙が流れている。
 自ら望んだことであるのに、彼女からそう言われてしまうと、心臓がえぐられたような気持ちになる。

「あなたと離縁したら、私は本当に好きな人と結婚することが許されるのですね?」

 興奮しているためか、次第に彼女の頬は赤く色づき始める。

「ああ。君は成人した。だから、結婚するのに保護者の同意は必要ない」
「承知しました」

 濡れた頬を拭おうともせずに、彼女は目を伏せた。

「ですが。ちょっと離縁の手続きは待っていただけますか? 私が、好きな相手の方に振られてしまったら、元も子もないと思いませんか? 先に相手の方には想いを伝えておきますので」

 その言葉にクラークも納得する。

 彼女の言葉も一理ある。オリビアの好きな相手が誰かはわからないが、別れてからも彼女が独り身の時間が長ければ長いほど、新たな問題が生まれてくる。できれば、次の相手を決めてから離縁手続きに入った方がいいだろう。
 クラークとは離縁したが、新しい婚約者がいる状態である方が望ましい。

「わかった」

 クラークが頷くと、オリビアが安心したように微かに笑んだ。

(な、なんだ……。この顔は。めちゃくちゃ可愛いし。いや、駄目だ、耐えろ。俺。彼女との結婚生活には終止符を打つことを決めたんだ。我慢だ、我慢)

 だが、目の前のオリビアは、するっとナイトドレスを脱ぎ始める。

(ちょ、ちょ、ちょっと待て。彼女は何をしようとしているんだ)

 すとんと、彼女の足元にドレスが落ちる。ドレスと共にクラークの視線も落ちた。

「クラーク」

 名を呼ばれ、恐る恐る顔をあげる。

「なっ……」

 彼女はベビードールと呼ばれる下着姿一枚だった。白い総レースになっており、見てはいけないところは辛うじて隠しているが、身体のラインはくっきりと見えている。何よりも、彼女の肌が透けているのだ。
 まして両脇を紐で縛っているショーツなど。

 見てはいけないと思いつつも目が離せない。

(くっ……。耐えろ、俺。ここまできて団長との約束を破ってどうする……)

 歯を食いしばり、手を握りしめる。爪が食い込むほど強く。
 オリビアはその姿のままクラークに近づき、ソファの上に膝をついた。

(誰だ……。彼女にこのようなことを教え込んだのは。モーレン公爵夫人か。むしろ、モーレン公爵か)

 モーレン公爵は完全にとばっちりである。

「クラーク」
 いつもの無邪気な彼女とは思えないほどの、艶めかしい声色が囁く。
「私が好きなのは……」
 そこで彼女の指がクラークの唇をなぞった。
「クラーク……。あなたです」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

お飾り王妃だって幸せを望んでも構わないでしょう?

基本二度寝
恋愛
王太子だったベアディスは結婚し即位した。 彼の妻となった王妃サリーシアは今日もため息を吐いている。 仕事は有能でも、ベアディスとサリーシアは性格が合わないのだ。 王は今日も愛妾のもとへ通う。 妃はそれは構わないと思っている。 元々学園時代に、今の愛妾である男爵令嬢リリネーゼと結ばれたいがために王はサリーシアに婚約破棄を突きつけた。 しかし、実際サリーシアが居なくなれば教育もままなっていないリリネーゼが彼女同様の公務が行えるはずもなく。 廃嫡を回避するために、ベアディスは恥知らずにもサリーシアにお飾り妃となれと命じた。 王家の臣下にしかなかった公爵家がそれを拒むこともできず、サリーシアはお飾り王妃となった。 しかし、彼女は自身が幸せになる事を諦めたわけではない。 虎視眈々と、離縁を計画していたのであった。 ※初っ端から乳弄られてます

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」 その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。 有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、 王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。 冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、 利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。 しかし―― 役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、 いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。 一方、 「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、 癒しだけを与えられた王太子妃候補は、 王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。 ざまぁは声高に叫ばれない。 復讐も、断罪もない。 あるのは、選ばなかった者が取り残され、 選び続けた者が自然と選ばれていく現実。 これは、 誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。 自分の居場所を自分で選び、 その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。 「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、 やがて―― “選ばれ続ける存在”になる。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

処理中です...