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第四章(5)
翌日、何ごともなかったかのように食堂で新聞を読んでいるテオドールの姿を見て、ディアナは肩透かしを食らった気分だった。もう少し気にかけてほしいというか、そんな気持ちもどこかにあったが、気まずい空気がないだけよかったと思うことにした。
「おはようございます」
「おはよう」
「昨日は、はかどりましたか?」
ディアナもできるだけ平静を装って声をかけた。
「ああ、ディアナくんのおかげだ。もしかしたら、今まで間違った解釈をしていたのかもしれない」
そこへ他の研究者も食堂にやってきた。ちらっと確認すれば、国研の人間だ。
「先に、食事をとってきますね」
席に座る前に、ディアナはバイキング形式の朝食を取りに向かう。
(もしかして……昨日のアレは夢だったのでは……?)
そう思えてしまうほど、テオドールの態度に変化はない。恥ずかしさとか気まずさを想像し、そわそわしていた時間がもったいなく感じた。
いつもより多めにパンを手にした。紅茶には蜂蜜をたっぷり入れて、席に戻る。
ディアナが座ったところで、テオドールが席を立ち、朝食を取りにいった。
彼が戻ってきたときには、トレイの上にパンとサラダと紅茶がのせられていた。
何か話題を振らなければと、ディアナは口を開く。
「そういえば……事務棟荒しって、犯人、捕まったんですか?」
十数日前、事務棟内の一室が荒らされていた。犯人が何を探したのかわからないが、ある朝、出勤してきた国研の研究員が、居室内の床に資料が散らかっているのを目にした。
そこはディアナとテオドールも古文書解析のために使っていた部屋であったが、机の引き出しにはしっかり鍵をかけていたし、大事な資料は持ち歩いている。だから被害はなかったが、国研の人間たちは散らかった資料を片づけながら、なくなったものはないか確認していたのが思い出された。
「捕まったとは聞いていないが、また荒らされたとも聞いていない。防犯魔導具が一定の効果を出しているのだろう。だが、どこに犯人が潜んでいるかわからないから、遺跡内ではできるだけ一人にならないように」
テオドールの言葉は、ギルマン研究所の責任者としてのものだ。そこで働く研究員に万が一のことはあってはならないと、そういった責任からくる言葉だとわかっているのに、テオドール個人としてディアナをどう思っているのか、聞きたかった。心配してくれているだろうか。
「今日のディアナくんは、よく食べるな」
事務所荒らしの件は、ディアナの食欲によって強制終了となった。
「そうですね、頭を使うとお腹が空きませんか?」
三つ目のパンを半分にちぎり、それにたっぷりジャムを塗った。
「甘そうだな」
「甘いです。でも、頭を使うと糖分が欲しくなりませんか?」
お腹が空くのも、甘い物を口にいれたくなるのも、古文書の解読に取り組んでいるからだと正当化してみる。
薄く笑みを浮かべたテオドールは、紅茶のカップを口につけた。その表情は、ディアナの言葉を否定していない証拠だ。
そんな些細なことでさえ嬉しくなるというのに、きっとこの気持ちは彼には届いていない。
昨夜、あれだけ触れ合ったとしても、テオドールにとってディアナは研究の協力者という位置づけでしかない。
朝食を終え、テオドールが運転する魔導車でアヤル遺跡へと向かう。車内はテオドールと二人きりの空間だ。仕事の都合上、彼と二人きりになったのはこちらに来てから幾度となくあるのに、それでも車の中という閉じ込められた世界では、特別、意識してしまう。
「ディアナくん」
心地よい揺れに身体を預けていると、突然、テオドールが声をかけてきた。
「できれば今夜も、例の古文書の解読の手伝いをしてほしいのだが……」
昨日、再提出日は三日後と言っていた。となれば、明後日には体裁をまとめて提出しなければならない。それだって、仕事が終わるぎりぎりの提出ではなく、昼を過ぎた頃、午後の休憩の前までというのが、暗黙の了解だ。
となれば今晩までにある程度すすめておきたい気持ちもわかる。
テオドールを想う気持ちと、ギデオン研究所の一員として国研の人間に成果を見せつけてやりたいのと。
「わかりました。わたしではどこまで力になれるかわかりませんが……協力いたします」
「ああ、頼む……。それからあの内容は、あまり他の人の目にさらしたくない。だから、事務棟では他の部分の作業をすすめ、昨日の人造人間について書かれているところ……あれは、また私の部屋で確認するということで、いいだろうか」
「はい」
テオドールはあの古文書が、人造人間を造るための魔導書だと思っているようだが、ディアナは違うのではないかと考え始めていた。残念ながら、その該当部分をテオドールは見せてくれないので確認しようはないが、さすがに今日こそは見せてもらおうと鼻息を荒くする。
「おはようございます」
「おはよう」
「昨日は、はかどりましたか?」
ディアナもできるだけ平静を装って声をかけた。
「ああ、ディアナくんのおかげだ。もしかしたら、今まで間違った解釈をしていたのかもしれない」
そこへ他の研究者も食堂にやってきた。ちらっと確認すれば、国研の人間だ。
「先に、食事をとってきますね」
席に座る前に、ディアナはバイキング形式の朝食を取りに向かう。
(もしかして……昨日のアレは夢だったのでは……?)
そう思えてしまうほど、テオドールの態度に変化はない。恥ずかしさとか気まずさを想像し、そわそわしていた時間がもったいなく感じた。
いつもより多めにパンを手にした。紅茶には蜂蜜をたっぷり入れて、席に戻る。
ディアナが座ったところで、テオドールが席を立ち、朝食を取りにいった。
彼が戻ってきたときには、トレイの上にパンとサラダと紅茶がのせられていた。
何か話題を振らなければと、ディアナは口を開く。
「そういえば……事務棟荒しって、犯人、捕まったんですか?」
十数日前、事務棟内の一室が荒らされていた。犯人が何を探したのかわからないが、ある朝、出勤してきた国研の研究員が、居室内の床に資料が散らかっているのを目にした。
そこはディアナとテオドールも古文書解析のために使っていた部屋であったが、机の引き出しにはしっかり鍵をかけていたし、大事な資料は持ち歩いている。だから被害はなかったが、国研の人間たちは散らかった資料を片づけながら、なくなったものはないか確認していたのが思い出された。
「捕まったとは聞いていないが、また荒らされたとも聞いていない。防犯魔導具が一定の効果を出しているのだろう。だが、どこに犯人が潜んでいるかわからないから、遺跡内ではできるだけ一人にならないように」
テオドールの言葉は、ギルマン研究所の責任者としてのものだ。そこで働く研究員に万が一のことはあってはならないと、そういった責任からくる言葉だとわかっているのに、テオドール個人としてディアナをどう思っているのか、聞きたかった。心配してくれているだろうか。
「今日のディアナくんは、よく食べるな」
事務所荒らしの件は、ディアナの食欲によって強制終了となった。
「そうですね、頭を使うとお腹が空きませんか?」
三つ目のパンを半分にちぎり、それにたっぷりジャムを塗った。
「甘そうだな」
「甘いです。でも、頭を使うと糖分が欲しくなりませんか?」
お腹が空くのも、甘い物を口にいれたくなるのも、古文書の解読に取り組んでいるからだと正当化してみる。
薄く笑みを浮かべたテオドールは、紅茶のカップを口につけた。その表情は、ディアナの言葉を否定していない証拠だ。
そんな些細なことでさえ嬉しくなるというのに、きっとこの気持ちは彼には届いていない。
昨夜、あれだけ触れ合ったとしても、テオドールにとってディアナは研究の協力者という位置づけでしかない。
朝食を終え、テオドールが運転する魔導車でアヤル遺跡へと向かう。車内はテオドールと二人きりの空間だ。仕事の都合上、彼と二人きりになったのはこちらに来てから幾度となくあるのに、それでも車の中という閉じ込められた世界では、特別、意識してしまう。
「ディアナくん」
心地よい揺れに身体を預けていると、突然、テオドールが声をかけてきた。
「できれば今夜も、例の古文書の解読の手伝いをしてほしいのだが……」
昨日、再提出日は三日後と言っていた。となれば、明後日には体裁をまとめて提出しなければならない。それだって、仕事が終わるぎりぎりの提出ではなく、昼を過ぎた頃、午後の休憩の前までというのが、暗黙の了解だ。
となれば今晩までにある程度すすめておきたい気持ちもわかる。
テオドールを想う気持ちと、ギデオン研究所の一員として国研の人間に成果を見せつけてやりたいのと。
「わかりました。わたしではどこまで力になれるかわかりませんが……協力いたします」
「ああ、頼む……。それからあの内容は、あまり他の人の目にさらしたくない。だから、事務棟では他の部分の作業をすすめ、昨日の人造人間について書かれているところ……あれは、また私の部屋で確認するということで、いいだろうか」
「はい」
テオドールはあの古文書が、人造人間を造るための魔導書だと思っているようだが、ディアナは違うのではないかと考え始めていた。残念ながら、その該当部分をテオドールは見せてくれないので確認しようはないが、さすがに今日こそは見せてもらおうと鼻息を荒くする。
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