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6.妹の名を呼んで(2)
レインが十歳になったとき、ライトはすでに魔法研究所に所属していた。父親は魔導士団長として魔導士団を取りまとめていた。
忙しい父親の代わりに、ライトはレインの入学試験に付き添った。むしろ、父親が入学試験の試験官だった。
レインはその小さな手で、ライトの手を握りしめていた。ずっと屋敷の中で暮らしていたレインにとって、学園という外の生活は未知の世界。不安からなのか、ぎゅっと握っている手に力が入っている。レイン自身は気付いていないのだろう。顔もどこかしら硬い表情を浮かべていた。
「大丈夫だ。俺がいるから」
その言葉に安心したのか、小さなレインは見上げてニコリと笑った。
入学試験では魔力鑑定が行われる。たかが十歳の子供では、それが四桁あれば将来有望な魔導士だ。それを学園生活の中でさらに高めていく。
「レイン・カレリナ」
魔力鑑定士は当時の魔導士団長、つまりライトの父親。
「はい」
返事をしただけなのに、その声が震えていた。
「そんなに緊張しなくていいから、両手を出して」
今思えば、父親も親バカだったのだろう。レインだけには、優しい表情を見せたような気がする。
「魔力鑑定」
そんな穏やかな父親の表情も長く続かなかった。驚いたように目を見開く。
「おい。アーロン」
父親は突然、部下の名前を呼んだ。「お前も鑑てくれ」
「団長?」
怪訝そうに上司を見たアーロンと呼ばれた男は、失礼しますと言ってレインの両手をとった。
「魔力鑑定」
そしてこのアーロンも同じように目を見開いた。
「団長?」
振り返り、上司を見上げる。
「やはり、そうか」
「え、ええ。恐らく」
「父さん」
声を上げたのはライト。「何が起こったんですか? レインが不安になっているからきちんと説明してください」
「父さん? なるほど、こちらは団長の娘さんでしたか。それなら、納得できるような気がします」
「アーロン。あとは任せてもいいか?」
「はい。残りは少ないですからね」
「ライト、レインを連れてこちらに来てくれ」
父親に促され、別室へと案内された。
父親とライトとレインの他に、学園の偉い人と思われる人間が数人いた。
「そこに座れ」
促され、ソファに座るが、レインはライトの手を握ったまま離さなかった。座っていても、ライトにぴったりと身体を寄せている。
「ライト。レインの魔力なのだが」
「はい」
ライトが返事をしても、父親はなかなか口を開かない。「父さん?」
「レインの魔力は、鑑定できない」
「どういうことですか?」
鑑定できないのだから、鑑定できないってことなのだろうけど、その言葉の意味をきちんと確認したかった。
「ライト、魔力鑑定の上限は知っているよな」
「確か九が六桁だったような」
「それであっている。魔力鑑定ができないというのは、鑑定した結果がそれのことだ」
「え?」
ライトは驚き、隣のレインを見下ろす。レインは不安そうに二つの目を揺らしながらライトを見上げている。
「てことは、レインの魔力は無限大」
魔力鑑定できない場合は、その魔力を無限大と呼ぶ。
「そういうことだ。アーロンにも鑑てもらったから間違いはない。まあ、元々魔力は高いだろうとは思ってはいたが、ここまでとは思わなかった。とりあえず、このことはレインが学園に入学するまでは口外しないように頼む」
「わかりました」
「もう、戻っていいぞ」
ライトは立ち上がると、レインに手を差し出した。レインはまたぎゅっとライトの手を握る。
「失礼します」
ライトが頭を下げ、レインを連れてその部屋を出た。
魔力無限大。魔導士にとっては魅力的な響き。だが、それをこの十歳の妹に背負わせてもいいものなのか。
仕事を終えて屋敷に戻ってきた父親はなぜか上機嫌だった。レインの頭を撫でながら、ニコラに向かって「さすが、ベイジルの娘だな」
「父さん」
「あなた」
ライトとニコラは同時に父親を制していた。
「ベイジルって誰?」
それは、レインが初めて本当の父親を知った時だった。
魔力が無限大と言われ、さらに父親だと思っていた人物は父親ではなかったことを突き付けられ、たった十歳の妹は何を思ったのだろうか。それでも彼女が冷静にそれを受け止めることができたのは、やはり母と兄と、そして父からの温かい言葉があったからだろう、と思う。
「レイン。君の本当の父親はベイジルという大魔導士だ。だけど、今は私たちがレインの家族だ。それが、わかるか?」
レインは力強く頷いた。
その夜。ライトはニコラが父親の胸の中で泣いているのを見てしまった。なぜ、あの娘まで、魔力が無限大なのか、と、ニコラは静かに泣いていた。これではあの人と同じように、魔力の枯渇に陥ってしまうのではないか、と。
大魔導士ベイジルの死は病死と言われていた。だが、本当は魔力枯渇による生命力の枯渇であることを、ライトはこのとき知った。そして、同じことが妹にも起こるかもしれない、ということを。
忙しい父親の代わりに、ライトはレインの入学試験に付き添った。むしろ、父親が入学試験の試験官だった。
レインはその小さな手で、ライトの手を握りしめていた。ずっと屋敷の中で暮らしていたレインにとって、学園という外の生活は未知の世界。不安からなのか、ぎゅっと握っている手に力が入っている。レイン自身は気付いていないのだろう。顔もどこかしら硬い表情を浮かべていた。
「大丈夫だ。俺がいるから」
その言葉に安心したのか、小さなレインは見上げてニコリと笑った。
入学試験では魔力鑑定が行われる。たかが十歳の子供では、それが四桁あれば将来有望な魔導士だ。それを学園生活の中でさらに高めていく。
「レイン・カレリナ」
魔力鑑定士は当時の魔導士団長、つまりライトの父親。
「はい」
返事をしただけなのに、その声が震えていた。
「そんなに緊張しなくていいから、両手を出して」
今思えば、父親も親バカだったのだろう。レインだけには、優しい表情を見せたような気がする。
「魔力鑑定」
そんな穏やかな父親の表情も長く続かなかった。驚いたように目を見開く。
「おい。アーロン」
父親は突然、部下の名前を呼んだ。「お前も鑑てくれ」
「団長?」
怪訝そうに上司を見たアーロンと呼ばれた男は、失礼しますと言ってレインの両手をとった。
「魔力鑑定」
そしてこのアーロンも同じように目を見開いた。
「団長?」
振り返り、上司を見上げる。
「やはり、そうか」
「え、ええ。恐らく」
「父さん」
声を上げたのはライト。「何が起こったんですか? レインが不安になっているからきちんと説明してください」
「父さん? なるほど、こちらは団長の娘さんでしたか。それなら、納得できるような気がします」
「アーロン。あとは任せてもいいか?」
「はい。残りは少ないですからね」
「ライト、レインを連れてこちらに来てくれ」
父親に促され、別室へと案内された。
父親とライトとレインの他に、学園の偉い人と思われる人間が数人いた。
「そこに座れ」
促され、ソファに座るが、レインはライトの手を握ったまま離さなかった。座っていても、ライトにぴったりと身体を寄せている。
「ライト。レインの魔力なのだが」
「はい」
ライトが返事をしても、父親はなかなか口を開かない。「父さん?」
「レインの魔力は、鑑定できない」
「どういうことですか?」
鑑定できないのだから、鑑定できないってことなのだろうけど、その言葉の意味をきちんと確認したかった。
「ライト、魔力鑑定の上限は知っているよな」
「確か九が六桁だったような」
「それであっている。魔力鑑定ができないというのは、鑑定した結果がそれのことだ」
「え?」
ライトは驚き、隣のレインを見下ろす。レインは不安そうに二つの目を揺らしながらライトを見上げている。
「てことは、レインの魔力は無限大」
魔力鑑定できない場合は、その魔力を無限大と呼ぶ。
「そういうことだ。アーロンにも鑑てもらったから間違いはない。まあ、元々魔力は高いだろうとは思ってはいたが、ここまでとは思わなかった。とりあえず、このことはレインが学園に入学するまでは口外しないように頼む」
「わかりました」
「もう、戻っていいぞ」
ライトは立ち上がると、レインに手を差し出した。レインはまたぎゅっとライトの手を握る。
「失礼します」
ライトが頭を下げ、レインを連れてその部屋を出た。
魔力無限大。魔導士にとっては魅力的な響き。だが、それをこの十歳の妹に背負わせてもいいものなのか。
仕事を終えて屋敷に戻ってきた父親はなぜか上機嫌だった。レインの頭を撫でながら、ニコラに向かって「さすが、ベイジルの娘だな」
「父さん」
「あなた」
ライトとニコラは同時に父親を制していた。
「ベイジルって誰?」
それは、レインが初めて本当の父親を知った時だった。
魔力が無限大と言われ、さらに父親だと思っていた人物は父親ではなかったことを突き付けられ、たった十歳の妹は何を思ったのだろうか。それでも彼女が冷静にそれを受け止めることができたのは、やはり母と兄と、そして父からの温かい言葉があったからだろう、と思う。
「レイン。君の本当の父親はベイジルという大魔導士だ。だけど、今は私たちがレインの家族だ。それが、わかるか?」
レインは力強く頷いた。
その夜。ライトはニコラが父親の胸の中で泣いているのを見てしまった。なぜ、あの娘まで、魔力が無限大なのか、と、ニコラは静かに泣いていた。これではあの人と同じように、魔力の枯渇に陥ってしまうのではないか、と。
大魔導士ベイジルの死は病死と言われていた。だが、本当は魔力枯渇による生命力の枯渇であることを、ライトはこのとき知った。そして、同じことが妹にも起こるかもしれない、ということを。
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