14 / 61
7.知らなかったのか(1)
北の森の魔物討伐へと赴いていた一行が戻ってきた。だが、今回は負傷者が多いということで研究所所属の魔導士たちも駆り出された。何より、騎士団の人たちの負傷が激しいらしい。救護院に駆けつけると、熱気と血の匂いが立ち込めている。
ライトは見知った顔を見つけた。いつもくだらない言い合いをしている相手。その彼でさえ、そのローブが血や泥でまみれている。
「おい、トラヴィス。何があったんだ?」
「ああ。ライトか。悪いが、隣の部屋の回復を頼む」
「ああ。わかった。だが、今回はなぜこんなことに?」
ライトの問いにトラヴィスはぐっと拳を握りしめた。
「レインがいなかったからだ」
その答えに驚いて、ライトは再びトラヴィスの顔を見た。
「私たちがどれだけ彼女に頼っていたのかということを、今回は実感させられた。彼女がいなければこのザマだ」
ふっ、とトラヴィスは息を吐いた。
「ところで、レインは?」
ライトが一番恐れていた問いだった。だが、今はそれに答えている余裕など無い。
「レインは、ここにはいない。いたとしても役には立たない。それよりも先に負傷者の手当だ」
ライトはトラヴィスに指示された通り、隣の部屋の負傷者の回復に向かった。ライトは一緒に来ていた部下には、研究所にある魔力回復薬をありったけ持ってくるように指示をした。ライトが担当した部屋には、もう動けないような者たちもいた。ただ幸いなことに、身体の部位を欠損しているような者はいなかった。失った者を再生させるような魔力を持つ者は、レインしかいない。だが、そのレインも今ではそれを行うことができない。つまり、欠損部の再生を行えるような魔導士は今、この国にはいないということになる。
最後の負傷者の治療を終えたころ、日は西に沈みかけていて、空はオレンジ色から紫へのグラデーションを作っている。しばらくすれば、この空も闇に飲まれてしまうのだろう。
ライトは救護院のロビーにあるソファのひじ掛けに頭を乗せ、横向きでぐったり座っていた。むしろ寝ていたという表現の方が近い。足は、反対側のひじ掛けからはみ出している。他の者たち、つまり部下たちは帰らせた。今、彼はトラヴィスを待っていた。
魔導士団の方もほとんど引き上げた。残っているのは、泊まり込みで回復を担当する者たち。回復の担当と言っても、容体が悪化した時に対応するだけで、四六時中回復魔法をかけ続けるわけではない。
「手伝わせて悪かったな」
トラヴィスが使い捨て用のカップに入れた飲み物を手にしながら現れた。そのカップをライトの額の上に置いたため、すかさず彼もそれに手を添えた。
「なんだ、お前がこれを寄こすなんて、気持ち悪いな」
身体を起こして向きを変え、ソファに深く座り直す。トラヴィスは満足したように鼻の先で笑うと、向かい側のソファに浅く腰かけた。
「酷かっただろう?」
トラヴィスは自虐的に笑う。両膝の上に両手をついてその手を組み、そこに顔を埋めた。
「ああ。今まで俺たちまで呼び出されたことなど、なかったしな」
そこでライトは彼から受け取ったカップを口につけた。
「別に、魔物が特別強かったわけではないんだ」
まるで言い訳をするかのようにトラヴィスが口を開いた。
「相手はいつもと同じだった。だが、こちらがいつもと違っていた。レインがいなかった。彼女がいないというだけで、この有様だ。たった一人の魔導士がいないだけで、こうなる。部下からもなぜレインがいないのかと、聞かれた。彼らが頼りにしていたのは私では無かった。レインだ」
「レインは、まだ魔力が戻っていない。だから、魔法は使えない。お前たちの期待に添えることはできない」
「分かっている。だからこそ、情けない」
そこから二人の間に言葉は無かった。それ以上、言うことが思い浮かばないのだ。ライトはお茶の残りを一気に飲み干すと、その使い捨てのカップを握り潰し、テーブルの上に置いた。
「今日は疲れた、俺はもう帰るぞ」
ライトが立ち上がると、トラヴィスが情けない表情を浮かべて顔を上げた。今にも泣きだしそうなその表情。
「レインに会いたい」
彼はそう絞り出した。
「レインはもういない」
返ってきたのは冷たい言葉。
「どういうことだ」
あれだけぐったりとしていたと言うのに、それを聞いた途端トラヴィスは立ち上がった。
「言葉の通りだ」
「遠征から帰ってきたら、レインに会わせてくれる約束だったろう」
トラヴィスはライトに詰め寄り、彼の胸座を掴んだ。いつも穏やかな表情を浮かべているトラヴィスとは思えない。その彼は目を鋭く光らせながら、ライトを見上げている。
ライトは見知った顔を見つけた。いつもくだらない言い合いをしている相手。その彼でさえ、そのローブが血や泥でまみれている。
「おい、トラヴィス。何があったんだ?」
「ああ。ライトか。悪いが、隣の部屋の回復を頼む」
「ああ。わかった。だが、今回はなぜこんなことに?」
ライトの問いにトラヴィスはぐっと拳を握りしめた。
「レインがいなかったからだ」
その答えに驚いて、ライトは再びトラヴィスの顔を見た。
「私たちがどれだけ彼女に頼っていたのかということを、今回は実感させられた。彼女がいなければこのザマだ」
ふっ、とトラヴィスは息を吐いた。
「ところで、レインは?」
ライトが一番恐れていた問いだった。だが、今はそれに答えている余裕など無い。
「レインは、ここにはいない。いたとしても役には立たない。それよりも先に負傷者の手当だ」
ライトはトラヴィスに指示された通り、隣の部屋の負傷者の回復に向かった。ライトは一緒に来ていた部下には、研究所にある魔力回復薬をありったけ持ってくるように指示をした。ライトが担当した部屋には、もう動けないような者たちもいた。ただ幸いなことに、身体の部位を欠損しているような者はいなかった。失った者を再生させるような魔力を持つ者は、レインしかいない。だが、そのレインも今ではそれを行うことができない。つまり、欠損部の再生を行えるような魔導士は今、この国にはいないということになる。
最後の負傷者の治療を終えたころ、日は西に沈みかけていて、空はオレンジ色から紫へのグラデーションを作っている。しばらくすれば、この空も闇に飲まれてしまうのだろう。
ライトは救護院のロビーにあるソファのひじ掛けに頭を乗せ、横向きでぐったり座っていた。むしろ寝ていたという表現の方が近い。足は、反対側のひじ掛けからはみ出している。他の者たち、つまり部下たちは帰らせた。今、彼はトラヴィスを待っていた。
魔導士団の方もほとんど引き上げた。残っているのは、泊まり込みで回復を担当する者たち。回復の担当と言っても、容体が悪化した時に対応するだけで、四六時中回復魔法をかけ続けるわけではない。
「手伝わせて悪かったな」
トラヴィスが使い捨て用のカップに入れた飲み物を手にしながら現れた。そのカップをライトの額の上に置いたため、すかさず彼もそれに手を添えた。
「なんだ、お前がこれを寄こすなんて、気持ち悪いな」
身体を起こして向きを変え、ソファに深く座り直す。トラヴィスは満足したように鼻の先で笑うと、向かい側のソファに浅く腰かけた。
「酷かっただろう?」
トラヴィスは自虐的に笑う。両膝の上に両手をついてその手を組み、そこに顔を埋めた。
「ああ。今まで俺たちまで呼び出されたことなど、なかったしな」
そこでライトは彼から受け取ったカップを口につけた。
「別に、魔物が特別強かったわけではないんだ」
まるで言い訳をするかのようにトラヴィスが口を開いた。
「相手はいつもと同じだった。だが、こちらがいつもと違っていた。レインがいなかった。彼女がいないというだけで、この有様だ。たった一人の魔導士がいないだけで、こうなる。部下からもなぜレインがいないのかと、聞かれた。彼らが頼りにしていたのは私では無かった。レインだ」
「レインは、まだ魔力が戻っていない。だから、魔法は使えない。お前たちの期待に添えることはできない」
「分かっている。だからこそ、情けない」
そこから二人の間に言葉は無かった。それ以上、言うことが思い浮かばないのだ。ライトはお茶の残りを一気に飲み干すと、その使い捨てのカップを握り潰し、テーブルの上に置いた。
「今日は疲れた、俺はもう帰るぞ」
ライトが立ち上がると、トラヴィスが情けない表情を浮かべて顔を上げた。今にも泣きだしそうなその表情。
「レインに会いたい」
彼はそう絞り出した。
「レインはもういない」
返ってきたのは冷たい言葉。
「どういうことだ」
あれだけぐったりとしていたと言うのに、それを聞いた途端トラヴィスは立ち上がった。
「言葉の通りだ」
「遠征から帰ってきたら、レインに会わせてくれる約束だったろう」
トラヴィスはライトに詰め寄り、彼の胸座を掴んだ。いつも穏やかな表情を浮かべているトラヴィスとは思えない。その彼は目を鋭く光らせながら、ライトを見上げている。
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙冬可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました
恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」
交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。
でも、彼は悲しむどころか、見たこともない
暗い瞳で私を追い詰めた。
「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」
私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、
隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
記憶喪失のフリをしたら夫に溺愛されました
秋月朔夕
恋愛
フィオナは幼い頃から、自分に冷たく当たるエドモンドが苦手だった。
しかしある日、彼と結婚することになってしまう。それから一年。互いの仲は改善することなく、冷えた夫婦生活を送っていた。
そんなある日、フィオナはバルコニーから落ちた。彼女は眼を覚ました時に、「記憶がなくなった」と咄嗟にエドモンドに嘘をつく。そのことがキッカケとなり、彼は今までの態度は照れ隠しだったと白状するが、どんどん彼の不穏さが見えてくるようになり……。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
行き遅れ令嬢の再婚相手は、ダンディな騎士団長 ~息子イケメンの禁断の守護愛~
柴田はつみ
恋愛
貧乏貴族の行き遅れ令嬢リアナは、28歳で社交を苦手とする大人しい性格ゆえに、結婚を諦めかけていた。
そんな彼女に王宮から政略結婚の命令が下る。再婚相手は、妻を亡くしたダンディな騎士団長ギルバート。
クールで頼れる40代のイケメンだが、リアナは「便利な道具として選ばれただけ」と誤解し、切ない想いを抱く。
さらに、ギルバートの息子で爽やかイケメンのエリオット(21歳)が義理の息子となる。
第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】
日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。