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4.二人の約束(1)

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 食堂には、カトラリーの音が静かに響いていた。大人が五人もいるというのに、誰も喋らない。黙々と食事を口に運ぶだけ。

 だが、この空気に嫌気がさしたダスティンが「くそったれが」と暴言を吐く。

「親父。子ども相手にムキになってるんだよ」
「ふん。お前はあれを見て、何も感じないのか? ハバリー国は馬鹿にされたのだぞ? ここに来る予定の花嫁は、少なくともあんな子どもではなかったはずだ。親書には十八歳と書いてなかったか? あれはどこからどう見ても十八には見えないだろう」
「八歳だ」

 沈黙を貫いていたアーネストがそれを破った。

「アーネストはいいのか? 馬鹿にされたままで」

 族長は目を充血させている。よっぽど、腹が立ったのだろう。

「俺は馬鹿にされたとは思っていない。少なくとも、彼女の見た目は子どもだが、考えは俺たちよりもしっかりしている。自分がここに来た意味を、ここにいる誰よりも理解しているだろう」

 それに……と言いかけて、アーネストはグラスを煽った。

 彼女の小さな手を繋いだとき、その手の皮がミルコ族の女性と同じ感じがしたのだ。少なくともあの手は、土いじりの大変さを知っている手である。

「仮に、オレリアをトラゴスへ返してみろ。それを理由に、大国は兵をあげる。そうならないために俺がこの縁談を受けたのを、族長も知っているのでは?」
「そうだよ、親父。本来であれば私に来た縁談。だけど、私はすでにマルガレットと結婚しているし、ハバリー国は一夫多妻を認めていない。だからアーネストを相手にと言ったのは親父だろうが」

 だからそれを理由に花嫁を変えてきたのかもしれない。

 トラゴス国はハバリー国王の側妃の座を狙っていた。だが、それはハバリー国内では法律によって認められていない。そのためアーネストがその話を受けたが、それがトラゴス国にとっては不本意であったのだろう。

 ふん、と荒々しく鼻から息を吐いた族長は、一気に酒を飲み干した。そしておかわりの酒を、瓶からグラスに自ら注ぐ。

「とにかく、俺はオレリアと結婚をする。俺と婚姻関係にあったほうが、彼女を守れるだろう」

 守るとアーネストが言ったときに、ダスティンは大きく目を見開いた。

「守る……いったい、何から彼女を守るというんだ?」
「彼女は子どもだ。子どもを守るのが大人の役目だ」

 そう口にしたアーネストだが、オレリアを守りたいと思った理由は他にもあった。それはおそらく庇護欲。

 不安定な彼女をこのままにしてはいけないと、心が強く動いた。
 幼い彼女が気丈に振る舞う姿を見たら、彼女がこうしなければならない理由も知りたくなった。それは好奇心かもしれない。

 そして、あのときの――ラフォン城を見上げて驚きながらも微笑んだ表情を、もう一度見たかった。あれは子どもらしい顔をしていた。赤ん坊をずっと見ていられるように、あの表情はずっと見ていたい。

 だけどそれらを、ダスティンや族長に教えるつもりはない。

「どちらにしろ……トラゴス国の王女がこちらにいる以上、彼らはハバリー国に手を出さないだろう。この結婚はそういうものだ」

 骨付き肉を手にしたアーネストは、それを勢いよくかみちぎった。こってりとした味が、口の中を支配する。

「……あなた」

 穏やかに声をかけたのは、族長の妻シャトランである。

「私には難しい話はよくわかりません。ですが、あの子はほんの小さな女の子。あの子の振る舞いを見て、あなたは何も思わなかったのですか?」
「何?」
「とても子どもらしくない。少なくともミルコ族の子どもたちは、あのような振る舞いをしないでしょう」
「お義母かあ様。私もそう思いました。だけど挨拶の仕方がとてもきれいだし、食事をしているときの所作も。私が教えてほしいくらいだわ」

 そう言ったマルガレットのナイフさばきは、オレリアよりも見劣りした。

「ふん。何もあの子に腹を立てたわけじゃない。あの子を花嫁としてこちらに差し出したトラゴスに腹を立てているだけだ。別に、アーネストがあの子と結婚することに異論がないのであれば、儂から言うことは何もない」
「そもそも俺は結婚する気などなかったからな」

 それは偽りのないアーネストの本音である。

 しかし、この年まで独りでいると、女性のほうから寄ってくるのが面倒くさかった。いや女性だけではない。適齢期の女性を持つ、その親もだ。
 だから相手が子どもといえどもこの結婚は都合がいい。結婚さえしてしまえば、アーネストの妻の座を狙っていた彼女らも、おとなしくなるだろう。

 少なくともこの場にいる五人のうち四人は、オレリアを認めている。残りの一人は微妙なところだが、オレリアを嫌っているわけではなさそうだ。

 となれば、この結婚は認められたものとなる。
 そしてこの場所は、オレリアにとっても安全な場所になるだろう。
 そんな考えも呑み込むかのようにして、こってりとした肉もゴクリと飲み込んだ。




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