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第一章(1)
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大陸の中央に位置するキサレータ帝国。数百年前、大陸に散らばる大小さまざまな国々をその統治下に置いた強大な帝国だった。かつては二十を超える属国を支配していたが、時の流れとともにその求心力は衰え、今ではほとんどの国が独立を果たしている。
それでも、キサレータ帝国は大陸最大の面積と人口を誇る国であり、いまだに独立できない小国は帝国の配下に留まっていた。
しかし、皇帝アルヴィスは焦りを隠せない。このままでは帝国の力はさらに衰え、近隣諸国に呑み込まれる日も遠くないだろう。そのためアルヴィスは、魔法によって帝国内を完全に支配し、その力を大陸全土に広げることを考える。
魔法とは、魔力と呼ばれる特別な力によって引き起こされる現象だ。しかし魔力は誰でも備えているわけではないため、魔法は希少なもので、その価値は計り知れない。
キサレータ帝国でも、魔力を持つ者は限られ、特別な存在として重宝されていた。
「陛下。それ以上、魔法具の力を用いるのは危険です」
玉座の前に膝をつく深緑の髪の女性は、大理石の床に視線を落とし、震えながらもそう訴えた。
「うるさい。黙れ、リネット。魔法はおまえだけのものでなはない。これさえあれば、私だって魔法が使える……」
アルヴィスは怒鳴り、左手の指輪を握りしめた。次の瞬間、指輪が赤く光り、彼の手のひらの上にぼっと炎の玉が生まれた。それを迷わず、リネットに向かって投げつける。
リネットは顔を上げない。
そんな彼女に向かって真っすぐ飛んできた炎は、見えない壁に拒まれ、その場にポトリと落ちた。ジュッと激しい音を立て炎が消えると、床には焦げた跡が残り、かすかに煙が立ち上る。
「陛下、戯れがすぎます」
静かな声が玉座の間に響いた。
白いローブを羽織る壮年の男性、侍医のファミルだ。彼はゆっくりとしながらも堂々とアルヴィスに歩み寄る。
「やれやれ、また口うるさいのが来たか」
ファミルの姿を目にしたアルヴィスは、大げさに肩をすくめ首を振った。玉座にふんぞり返る彼の態度は、まるで子どものようにふてくされている。
「リネット妃の言うように、魔法具の使いすぎはよくありません。まして陛下ご自身は魔力を持ち合わせておらず、魔法具によって生命力を魔力に変換している……その代償はご存知のはず」
ファミルは淡々と告げ、視線をリネットに移した。
「そういうことですね? リネット妃」
「……はい」
「リネット妃は、陛下のお身体を案じているのです」
床に膝をつくリネットは、決して顔を上げない。指先がわずかに震える。
「陛下のお身体に何かあれば、後継問題にも影響が出るでしょう?」
ファミルの言葉が、蛇のようにリネットにまとわりつく。
「ほう? そなたはそれを伝えに来たのか?」
アルヴィスの声には、興味と嘲りが混じっていた。
「はい。そろそろリネット妃も魔法具作りに精を出すだけでなく、御子のご誕生にも積極的に取り組んでいただきたいものです」
それはリネットがもっとも聞きたくない言葉だった。
今までは未成年という年齢も加味され、夜伽は免除されていた。
アルヴィスは性豪と呼ばれることもあるが、単に権力に溺れた女好きにすぎない。
それでも彼が成人していなかったリネットに手を出さなかったのは、昔からの言い伝えによるものだ。
――未成年に性交を強要したものは、アレがもげる。
そのため帝国内では、未成年に閨の相手を求める者はいない。そのふざけたような話が、ただの言い伝えでなく、事実であることを誰もが知っている。
数年前、人買いが商品の少女に手を出して実際に「アレがもげた」事件が大々的に報じられ、言い伝えが本当だと証明されたのだ。
だがリネットも一か月前に成人を迎えてしまった。子を孕むのに問題のない健康体だと診断をくだしたのがファミルである。
「では、今宵はそなたの寝所へ向かうとしよう。楽しみにしておれ。下がってよい」
アルヴィスの声は、ぞっとするほど軽薄だった。
それでも、キサレータ帝国は大陸最大の面積と人口を誇る国であり、いまだに独立できない小国は帝国の配下に留まっていた。
しかし、皇帝アルヴィスは焦りを隠せない。このままでは帝国の力はさらに衰え、近隣諸国に呑み込まれる日も遠くないだろう。そのためアルヴィスは、魔法によって帝国内を完全に支配し、その力を大陸全土に広げることを考える。
魔法とは、魔力と呼ばれる特別な力によって引き起こされる現象だ。しかし魔力は誰でも備えているわけではないため、魔法は希少なもので、その価値は計り知れない。
キサレータ帝国でも、魔力を持つ者は限られ、特別な存在として重宝されていた。
「陛下。それ以上、魔法具の力を用いるのは危険です」
玉座の前に膝をつく深緑の髪の女性は、大理石の床に視線を落とし、震えながらもそう訴えた。
「うるさい。黙れ、リネット。魔法はおまえだけのものでなはない。これさえあれば、私だって魔法が使える……」
アルヴィスは怒鳴り、左手の指輪を握りしめた。次の瞬間、指輪が赤く光り、彼の手のひらの上にぼっと炎の玉が生まれた。それを迷わず、リネットに向かって投げつける。
リネットは顔を上げない。
そんな彼女に向かって真っすぐ飛んできた炎は、見えない壁に拒まれ、その場にポトリと落ちた。ジュッと激しい音を立て炎が消えると、床には焦げた跡が残り、かすかに煙が立ち上る。
「陛下、戯れがすぎます」
静かな声が玉座の間に響いた。
白いローブを羽織る壮年の男性、侍医のファミルだ。彼はゆっくりとしながらも堂々とアルヴィスに歩み寄る。
「やれやれ、また口うるさいのが来たか」
ファミルの姿を目にしたアルヴィスは、大げさに肩をすくめ首を振った。玉座にふんぞり返る彼の態度は、まるで子どものようにふてくされている。
「リネット妃の言うように、魔法具の使いすぎはよくありません。まして陛下ご自身は魔力を持ち合わせておらず、魔法具によって生命力を魔力に変換している……その代償はご存知のはず」
ファミルは淡々と告げ、視線をリネットに移した。
「そういうことですね? リネット妃」
「……はい」
「リネット妃は、陛下のお身体を案じているのです」
床に膝をつくリネットは、決して顔を上げない。指先がわずかに震える。
「陛下のお身体に何かあれば、後継問題にも影響が出るでしょう?」
ファミルの言葉が、蛇のようにリネットにまとわりつく。
「ほう? そなたはそれを伝えに来たのか?」
アルヴィスの声には、興味と嘲りが混じっていた。
「はい。そろそろリネット妃も魔法具作りに精を出すだけでなく、御子のご誕生にも積極的に取り組んでいただきたいものです」
それはリネットがもっとも聞きたくない言葉だった。
今までは未成年という年齢も加味され、夜伽は免除されていた。
アルヴィスは性豪と呼ばれることもあるが、単に権力に溺れた女好きにすぎない。
それでも彼が成人していなかったリネットに手を出さなかったのは、昔からの言い伝えによるものだ。
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そのため帝国内では、未成年に閨の相手を求める者はいない。そのふざけたような話が、ただの言い伝えでなく、事実であることを誰もが知っている。
数年前、人買いが商品の少女に手を出して実際に「アレがもげた」事件が大々的に報じられ、言い伝えが本当だと証明されたのだ。
だがリネットも一か月前に成人を迎えてしまった。子を孕むのに問題のない健康体だと診断をくだしたのがファミルである。
「では、今宵はそなたの寝所へ向かうとしよう。楽しみにしておれ。下がってよい」
アルヴィスの声は、ぞっとするほど軽薄だった。
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