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第三話

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 そのようなことがあるだろうなと、ユリアも思っていた。そしてそれを、彼は一人で抱え込み、我慢しているのだろう、と。

 だから今、彼からこのような愚痴が出たことに驚いた。

「いいか。俺は、君と勝手に結婚させられたから、愛する人に気持ちを告げることもできなかったんだ。この気持ちが君にはわかるか」

 その言葉が、ユリアの心にズキリと刺さった。

 彼に想い人がいたという話は、風の噂で耳にしたことがあった。
 だけどその噂は、噂ではなく事実であったらしい。だから彼は、ユリアに対して夫としての務めを果たそうとしなかったにちがいない。

 彼女は胸に手を当て、ぎゅっと握りしめる。震える鼓動を抑えつけるかのように、呼吸を整えてから口を開く。

 彼と結婚をしてから、密かに考えていたことだ。ずっと、そのほうがいいだろうと思っていた。

「でしたら、私は身を引きますので。旦那様は愛する方とご自由にどうぞ」

 はっきりした口調で、そう告げる。

「父も亡くなり、私がこの家に固執する必要もなくなりました。旦那様はこのまま、キヴィ子爵としてこの家にいればいい。私が出ていきますから、愛する方とどうぞご一緒になられてください」

 ユリアは、母親を幼い頃に失っている。もともと身体が丈夫ではなく、ユリアを産んでから伏せがちになったらしい。

 それでも父親が母親の分まで愛情を注いでくれたから、寂しいとは思わなかった。使用人たちも温かく、皆が家族のような感じがしていた。

 だが、その父親もいない。

 夫となったマレクは、ユリアを妻とは思っていないのだろう。いつも背中を向け、ユリアを拒絶している。ユリアのほうから歩み寄りたいと思っても、そこには高くて厚い壁が存在している。その壁を壊すのは、今のユリアでは難しい。いや、不可能だ。

 きっと彼は、ユリアと一緒にいることすら苦痛にちがいない。
 彼の口から「愛する人」と出てきたことに納得がいった。彼は、ユリアのことを愛していないと、その現実を突きつけてきたのだ。

 どちらにしろ、いつかは修道院に身を寄せようと、ユリアは考えていた。その「いつか」が今、訪れただけにすぎない。

「今日はもう遅いですから、休ませていただきます。明日、すぐに離縁の手続きをしましょう。ですが、修道院に行くまではこの家においてください」

 ユリアが「お願いします」と頭を下げると、チョコレート色の髪がサラリと肩から流れ落ちた。その髪を払ってマレクに背を向ける。

 寝台へ向かおうとしたところ、力強く手首を掴まれた。

「旦那様?」
「君が。ご自由にどうぞとか、言うからだ」

 彼の冷たい青い目が、力強く揺れている。
 そのまま、マレクはユリアを抱き寄せる。

「え?」

 バランスを崩したユリアは、彼の腕の中にすっぽりと収まった。そうされるとマレクの鼓動を感じてしまう。
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