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第二話

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「旦那様……いってらっしゃいませ……」

 茶色の目を伏せるようにして、ユリアは今日も外へ出ていくマレクに声をかける。

「いってくる」

 彼の声は抑揚もない。青い瞳でユリアの存在を冷たく確かめると、金色の髪をふわりとなびかせて背を向ける。カツカツと響く足音と共に、屋敷を出ていく。

 ユリアは黙って、彼の姿が見えなくなるまでその背を見送る。

「奥様……」

 彼の姿が見えなくなったところでユリアに声をかけたのは、昔からキヴィ子爵家に仕えている侍女である。彼女は目尻を下げながら、何か言いたそうにユリアを見つめていた。

 ユリアは黙って首を横に振り、今日の予定を確認した。

 今日は人と会う予定はなさそうだ。そのことに、ユリアは安堵した。
 こんな気持ちで、人には会いたくない。きっと誰かと会ったら、その人と自分を比べて、惨めに感じてしまうだろう。

 目の奥が痛くなり、胸が軋んだ。







 その日、マレクの帰りは遅かった。

 事前に遅くなると連絡があったようだが、それはユリアにではなく執事宛に届いた連絡であった。

 彼が部屋へと入ってきたとき、彼からはツンとお酒のにおいがした。それでも湯浴みは終えてきたようだ。石鹸とお酒のにおいが交じり合っている。

 すでにナイトドレスに着替え、ソファで本を読んで彼の帰りを待っていたユリアは、彼が部屋に入ってきたときに、慌ててガウンを羽織って立ち上がった。
 昼間は結い上げていたチョコレート色の髪も、寝るためにおろしてある。

「お帰りなさい、旦那様」
「まだ起きていたのか……」

 彼は体裁を保つ男であるため、就寝時には夫婦の部屋を使用している。彼と共に寝なかったのは、初夜の日のあのときだけだ。

 ここは落ち着いたワインレッドの壁紙がどこか温かな気持ちにしてくれるような部屋でもある。

 部屋の隅にある四柱式の天蓋付きの広い寝台では、お互いが隅に寄って、背を向け合って眠っていた。なにしろ、身体を重ねていない夫婦なのだから。

「今、寝るところです……。ところで、お酒を飲まれてきたのですか?」
「ああ、付き合いでな」
「お水でも飲まれますか?」

 青い眼でユリアを睨みつけたマレクは、それでも「頼む」とだけ口にした。
 ユリアは水差しの水をグラスに注ぐと、マレクへと手渡した。彼は、もう一度ユリアに冷たい視線を向けてからグラスを受け取り、一気に水を飲み干す。

 上下する彼の喉元を、ユリアはじっと見つめていた。そして、空になったグラスを黙って受け取る。
 マレクはシャツのボタンを緩め、ソファに座ると深く身体を沈めた。

「はぁ……」

 彼が疲れているのは一目瞭然である。
 このままユリアだけ寝台に潜り込むのもおかしいだろう。どうしたらいいのか。

「旦那様。何か、お食べになりますか?」
「いや、いい」

 そこでマレクは、下を向いて両手で顔を覆った。まるで、ユリアの顔など見たくない、と言うかのように。

「旦那様、どうかされましたか? 気分がすぐれないのですか?」

 彼の前に立つ彼女は、マレクを労わるかのように見下ろした。

「ああ、最悪だ」

 マレクは顔を上げ、ギロリと目の前のユリアを睨みつける。

「どこに行っても、俺は爵位のために君と結婚した男だと罵られる」

 彼は声を荒げた。
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