わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
20 / 63

閑話:側近 → 毒女(2)

しおりを挟む
 それでもエイベルとリサを助けるのが最優先だ。二人を毒蛇から引き離したと思ったら、今度はなぜかクラリスが蛇を素手で捕まえていたのだ。

 ネイサンは夢でも見ているのかと思った。令嬢が素手で毒蛇を捕まえている。この光景は、何かがおかしい。だから、夢ではないのかと疑った。

 クラリスは蛇を閉じ込めるための瓶が欲しいと言った。蛇はすばしっこいため、きちっと何かに閉じ込めておかなければするすると逃げてしまう。逃げた先が森の中などであればいいのだが、また建物内に入られたら同じことの繰り返しである。
 だから瓶に蛇を入れ、裏の森に帰すのだろうと思った。

 ネイサンはそう思っていたのだが、クラリスは蛇を閉じ込めた瓶の蓋を、きつくしめた。
 あれでは蛇は死んでしまうというのに。いったい、彼女は蛇をどうするつもりなのか。

 好奇心と猜疑心が混じり合って、何をどのように聞いたらいいかもわからなかった。それでもなんとかクラリスから引き出した答えは、毒蛇を薬に使うとのこと。

 クラリスが薬師として王城に勤めていたとは、ネイサンも知らなかった。だけど、やはりクラリスは普通の薬師とは何かが違う。そんな得体の知れない気配を感じ取った。

 ユージーンが不在のフラミル城の秩序はネイサンが守らねばならない。クラリスがそれを脅かす存在であるかどうかを見極める必要がある。だというのに、使用人たちは、初日の毒蛇の一件からクラリスに心酔し始めた。

 ――奥様は、分け隔てなく治療を施してくれる。
 ――奥様は、毒蛇にも動じない。

 それらは事実であるため、否定する要素はないし、ネイサンも認めている。

 ――さすが、旦那様が見初めただけのことはある。

 そんな噂がまことしやかに流れ始めたのだ。
 この結婚が、国王の命令によるものだと知っているのは、ほんの一部の人間のみ。それだって口の硬い者たちだから、ほいほいと言いふらすわけでもない。

 だからこそ、そのような噂が流れているのだ。

 ――旦那様が、王都へ行ったときに一目惚れしたそうだ。

 噂とは恐ろしいものである。あることないこと、それがさも事実であるかのように広まっていく。
 そもそもユージーンはクラリスと会ったことがない。会ったことがないのに、見初めるも、一目惚れも起こるわけがない。

 しかしクラリスはそれを否定するつもりはないのだろう。使用人たちから声をかけられるたびに、当たり障りのない言葉を返し、のらりくらりと交わしていた。

 ただ、彼女はけして嘘はつかない。
 なおさら、使用人たちはクラリスを『奥様』として慕い始める。さらに、怪我をしたときや身体に不調が起こったときは、『奥様』に相談して、薬を作ってもらっている。
 言葉は悪いが、クラリスは完全に使用人たちの懐に入り込んだ。

 ここで、仮にクラリスにとってマイナスとなる噂を流したとしても、それはもみ消されるだろう。それくらい、クラリスはフラミル城の者たちに受け入れられ、溶け込んでいた。

 ネイサンだってクラリスを疑って、嫌っているわけではない。ただ、ユージーンの相手としてふさわしいかどうかを確認したいだけなのだ。

「奥様」

 そう思っていた矢先、ユージーンからクラリス宛に手紙が届いた。

「ユージーン様から、手紙が届きました」
「ありがとう」

 クラリスはユージーンからの手紙を待っていたのだろうか。嫌がる様子もなく、それを受け取りすぐに中身を確認する。ネイサンはその様子をじっと見守っていた。

 手紙を読み進める彼女の顔は、次第に明るく輝き出す。

「ネイサン。あなた、旦那様に聞いてくれたのですね?」
「何をですか?」
「温室の裏の森についてです。一人では駄目だけれど、誰か人をつけたら入ってもいいってお返事がきました」

 クラリスは手紙を両手で抱きかかえ、そのままその場でくるりと一回転した。

「奥様、その手紙を確認させていただいてもよろしいですか?」

 疑うわけではないが、彼女がこれほど喜ぶ理由を知りたかった。

「ええ、もちろんです。ネイサンに人選をお願いしたいと、手紙には書いてありましたから」

 先ほどからクラリスは口元がゆるみっぱなしである。
 彼女から手紙を受け取ったネイサンは、一文字一文字見逃すまいと、じっくりと読む。

 結果、クラリスが言っていたことは本当であった。ユージーンは、クラリスが一人で森の中に入るのは危険だから駄目だときっぱりと書いたうえで、護衛のために兵をつけるなら森へ行き、薬の材料となるものを採ってもいいとのこと。

 ユージーンもクラリスが薬師であったことを知らなかったようだ。国王が選んだ相手というのもあって、そういった細かいところの調査が漏れていた。

 だが今のところ、クラリスはウォルター領を害する存在ではない。
 ただ、危険だといわれる森へ入りたがったり、毒蛇を素手で捕まえたりと、普通の令嬢ではしないようなことをすんなりとこなす。

 ネイサンは、それが気になっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

行動あるのみです!

恋愛
※一部タイトル修正しました。 シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。 自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。 これが実は勘違いだと、シェリは知らない。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...