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第六話
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「カルデナ侯爵は、父の兄なんです。結婚したものの子どもには恵まれず、我が家から養子をという話は前々から出ていました」
アイゼルには兄と弟がいる。となれば養子の話が出てもおかしくはないだろう。
「モルゲン子爵家は兄が継ぐことが決まっていましたし、本人もできれば子爵家に残りたいと。だから僕か弟が侯爵家にとは言われていたのですが、弟は神官になるとか言い出して……」
頭を抱えるアイゼルの様子を見れば、いろいろ大変だったんだろうなと察した。
「まぁ、とにかく。僕は伯父の養子になったんです。そうすれば、堂々とあなたの隣に立てると思ったから。それなのに――」
その先の言葉は、噛みしめられた唇の奥に閉じ込められた。
そんな彼を見て、エリサリナはなんて言ったらいいのかがわからなかった。
「すみません。こんなみっともない姿を見せたくないのに。あなたの前にいると、感情を制御できない……」
「落ち着くまで待っているから」
わざわざアイゼルがここまでやってきた理由も気になる。そして彼がカルデナ侯爵だとすれば、あのときの縁談の相手はもしかして? という考えも湧き起こってくる。
「あの……ちょっと確認なんだけど……」
言いにくそうに歯切れ悪くエリサリナが言い出せば「なんでしょう?」とアイゼルは興味を示す。
「縁談の相手のカルデナ侯爵って……」
「僕ですよ。まさか、伯父だと思っていたんですか? もしかして、それであの日、逃げ出した?」
「逃げてないから」
「冗談です。こう見えても僕、結構ショックを受けてるんですよ」
そわそわと居心地悪そうに身体を揺らし始めたのは、彼が恥ずかしがっているからだ。自分の内面を口にして、照れている。
「二年前も、待っていてほしいと言いましたよね?」
「二年前……」
そう言われてもそんな約束を彼とした記憶がない。
「だからすぐに爵位を譲りたがっていた伯父の養子になって、あなたと釣り合いの取れる身分を手に入れ縁談を申し込んだというのに……前日になって伯爵から、あなたが重い病気にかかったと連絡があって」
それについては、何も言い返せない。
「伯爵には、あなたの病状について何度も尋ねていたのに、はぐらかされ続け……。一年前には、伯爵が慌ててどこかに向かったとも聞いて……そのときはあなたに最悪のことが起こったのかと……気が気ではなかった……」
アイゼルは悲痛な声を絞り出す。
一年前といえばリザリアをここで出産したときだ。両親も兄夫婦も慌てて駆けつけてくれたのは記憶に新しい。
「だけど、しばらくして伯爵も何ごともなかったように、いや、以前よりも楽しそうに暮らしているという話も聞いて。いったい、あなたの身に何があったのかと思っていたんです」
先ほどから聞いていれば、彼はリュミエール伯爵を監視しているかのような口ぶりである。
「父のこと、詳しいのね」
「ええ、リュミエール伯爵家に、人を送り込んでいますから。それでも、あなたの情報は入ってこなかった。伯爵の情報隠匿はたいしたものです」
父を褒められるのは悪い気はしないのだが、いかんせん、アイゼルの行動がやりすぎている気もする。
「リナ」
急に愛称を呼ばれ、エリサリナの心臓はドキリと高鳴った。
「二年前、どうして待っていてくれなかったんですか? あなたがいると思ってあの部屋に向かったのに……あなたの姿がなかったあのときの僕の気持ち、わかりますか?」
先ほどからエリサリナの心臓は、ドキドキと忙しなく動いている。
(二年前……アイゼルと何かしたっけ……?)
「やはり、年下の僕では頼りありませんか?」
エリサリナを見つめる真剣な瞳は、まるで湖の底のように深い青。この眼差しをどこかで見た覚えはあるのだが、そのどこかを思い出せない。少なくとも彼と顔を合わせていたのは騎士団を辞める二年前まで。
ちょうどその辞める頃に、彼と何かあったらしいのだが。
「……ごめん。二年前、何があったのかをよく覚えていなくて……」
アイゼルには兄と弟がいる。となれば養子の話が出てもおかしくはないだろう。
「モルゲン子爵家は兄が継ぐことが決まっていましたし、本人もできれば子爵家に残りたいと。だから僕か弟が侯爵家にとは言われていたのですが、弟は神官になるとか言い出して……」
頭を抱えるアイゼルの様子を見れば、いろいろ大変だったんだろうなと察した。
「まぁ、とにかく。僕は伯父の養子になったんです。そうすれば、堂々とあなたの隣に立てると思ったから。それなのに――」
その先の言葉は、噛みしめられた唇の奥に閉じ込められた。
そんな彼を見て、エリサリナはなんて言ったらいいのかがわからなかった。
「すみません。こんなみっともない姿を見せたくないのに。あなたの前にいると、感情を制御できない……」
「落ち着くまで待っているから」
わざわざアイゼルがここまでやってきた理由も気になる。そして彼がカルデナ侯爵だとすれば、あのときの縁談の相手はもしかして? という考えも湧き起こってくる。
「あの……ちょっと確認なんだけど……」
言いにくそうに歯切れ悪くエリサリナが言い出せば「なんでしょう?」とアイゼルは興味を示す。
「縁談の相手のカルデナ侯爵って……」
「僕ですよ。まさか、伯父だと思っていたんですか? もしかして、それであの日、逃げ出した?」
「逃げてないから」
「冗談です。こう見えても僕、結構ショックを受けてるんですよ」
そわそわと居心地悪そうに身体を揺らし始めたのは、彼が恥ずかしがっているからだ。自分の内面を口にして、照れている。
「二年前も、待っていてほしいと言いましたよね?」
「二年前……」
そう言われてもそんな約束を彼とした記憶がない。
「だからすぐに爵位を譲りたがっていた伯父の養子になって、あなたと釣り合いの取れる身分を手に入れ縁談を申し込んだというのに……前日になって伯爵から、あなたが重い病気にかかったと連絡があって」
それについては、何も言い返せない。
「伯爵には、あなたの病状について何度も尋ねていたのに、はぐらかされ続け……。一年前には、伯爵が慌ててどこかに向かったとも聞いて……そのときはあなたに最悪のことが起こったのかと……気が気ではなかった……」
アイゼルは悲痛な声を絞り出す。
一年前といえばリザリアをここで出産したときだ。両親も兄夫婦も慌てて駆けつけてくれたのは記憶に新しい。
「だけど、しばらくして伯爵も何ごともなかったように、いや、以前よりも楽しそうに暮らしているという話も聞いて。いったい、あなたの身に何があったのかと思っていたんです」
先ほどから聞いていれば、彼はリュミエール伯爵を監視しているかのような口ぶりである。
「父のこと、詳しいのね」
「ええ、リュミエール伯爵家に、人を送り込んでいますから。それでも、あなたの情報は入ってこなかった。伯爵の情報隠匿はたいしたものです」
父を褒められるのは悪い気はしないのだが、いかんせん、アイゼルの行動がやりすぎている気もする。
「リナ」
急に愛称を呼ばれ、エリサリナの心臓はドキリと高鳴った。
「二年前、どうして待っていてくれなかったんですか? あなたがいると思ってあの部屋に向かったのに……あなたの姿がなかったあのときの僕の気持ち、わかりますか?」
先ほどからエリサリナの心臓は、ドキドキと忙しなく動いている。
(二年前……アイゼルと何かしたっけ……?)
「やはり、年下の僕では頼りありませんか?」
エリサリナを見つめる真剣な瞳は、まるで湖の底のように深い青。この眼差しをどこかで見た覚えはあるのだが、そのどこかを思い出せない。少なくとも彼と顔を合わせていたのは騎士団を辞める二年前まで。
ちょうどその辞める頃に、彼と何かあったらしいのだが。
「……ごめん。二年前、何があったのかをよく覚えていなくて……」
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