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本編
たんたんと罠にはめる(9)
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お高いお店を後にして向かった先は、これまたお高いレストランだった。だからお高いワンピースに着替えさせられたのか、とモニカは理解した。
「恐らく、俺の両親と一緒に食事をすることになると思う。だから、少し練習をした方がいいと思って、だな」
「はあ」
とまた右手を拘束されているモニカは、そう返事をすることしかできない。逃げたいけれど逃げられない。何しろ、右手はしっかりと彼の手によって拘束されているから。
あの店でドレスの確認をし、レストランに着くころには太陽は沈みかけていて、その顔の頭二割しか地上に見せていなかった。薄暗くなりつつある。空はオレンジから紫、そして藍色のグラデーションを作り出そうとしている頃。
レストランに入るときも、モニカの右手は拘束されたままだった。お高いレストランはその場所もお高いところにあり、夜景をみおろすことができる。しかも窓際で、半個室という、かなりいい席ではないのだろうか。
「あの……、団長……あっ」
周囲に誰もいないことから、モニカは一気に気が緩んだ。
「モニカ、君はそんなに俺と口づけがしたいのか? これで五回だな。一回引いて、残り四回。寝るとき、覚悟しとけよ」
「なんで、寝るときなんですか」
「寝る前には口づけを、と決まっているじゃないか」
と、自分で口にしているカリッドではあるが、内心はめちゃくちゃ焦っていた。寝る前に口づけをして、口づけだけで自分の気持ちが済ませられるのかという不安。
もしかして、その先にまで進んじゃったりして、という淡い期待が無きにしも非ず。
「そんなこと、聞いたことありません」
というモニカの声が、カリッドを現実へと引き戻した。
モニカは唇を尖らせた。目の前には美味しそうな前菜と食前酒。カリッドの許可が出ないと食べられないような気がして、今は餌を目の前にしながらも「待て」を言われている犬のような気分だ。
「まあ、それは後でいい。それよりもモニカ、今、何か言いかけただろ?」
「あ、はい。えと」
何を言おうとしてたんだっけ、とモニカは必死で思い出そうとする。うーん、と眉根を寄せるそんな姿も、カリッドに言わせると「可愛い」になる。もちろんモニカはそれに気付いていない。
「ああ、そうそう。お金です」
「特別報酬は、魔導弓の予定だが。それ以外に現金報酬も欲しいのか?」
「いえ、報酬の方のお金ではありません。その、ドレス代とここの食事代と……」
「言っただろう? これは特別任務だ。だから必要経費として落とされる。君が気にする必要は無い」
「あ、そっか……」
必要経費、という言葉でモニカは安心した。そうだった、これは任務なのだ。
だけど、ときどき任務なのかただのデートなのか、と混乱してしまうのは、カリッドがいつものカリッドらしくないからだろう。
ちなみにカリッドが口にした必要経費であるが、これは騎士団の必要経費として計上されるわけではない。カリッド個人管理の資産から差っ引かれる必要経費だ。接待交際費として計上するのが妥当だろうと思っている。領収書をイアンに預けると、彼がうまいこと処理してくれるはずだ。
「では、いただこうか」
カリッドが食前酒のグラスを手にしたので、やっと「待て」が「オッケー」になった気分になったモニカ。
グラスを一気にくいっと傾けると、程よい刺激が喉元を通り過ぎていった。
カリッドと共にする食事は、そのマナーを監視されているようで、美味しい料理も緊張で味がわからなくなっていた。だが、カリッドはそのマナーについては何も言わない。
合間に少し、他愛もない会話をし、食事を味わう、という程度。
食事を終えると、カリッドは満足そうに頷き「合格だ」と言う。
「君は、そういったマナーを受けてきたのか? ただの平民とは思えないな」
「あ、えと」
モニカは本当のことを言おうかどうか迷っていた。この騎士団に入団したときは、平民枠で入団している。それは父親の意向によるもの。
「まあ、団長もご存知の通り、私はリヴァージュの民ですから。リヴァージュはそういうことには五月蠅いのですよ」
というよりは、彼女の父親が、だ。
「そうか。やはり君に恋人役を頼んだ俺の目に、狂いはなかったようだな」
カリッドは微笑する。
「だが、俺のことを団長と呼んだことは、カウントするからな。六回目だ」
「え?」
なぜかモニカは罠にはめられた気分になった。
「恐らく、俺の両親と一緒に食事をすることになると思う。だから、少し練習をした方がいいと思って、だな」
「はあ」
とまた右手を拘束されているモニカは、そう返事をすることしかできない。逃げたいけれど逃げられない。何しろ、右手はしっかりと彼の手によって拘束されているから。
あの店でドレスの確認をし、レストランに着くころには太陽は沈みかけていて、その顔の頭二割しか地上に見せていなかった。薄暗くなりつつある。空はオレンジから紫、そして藍色のグラデーションを作り出そうとしている頃。
レストランに入るときも、モニカの右手は拘束されたままだった。お高いレストランはその場所もお高いところにあり、夜景をみおろすことができる。しかも窓際で、半個室という、かなりいい席ではないのだろうか。
「あの……、団長……あっ」
周囲に誰もいないことから、モニカは一気に気が緩んだ。
「モニカ、君はそんなに俺と口づけがしたいのか? これで五回だな。一回引いて、残り四回。寝るとき、覚悟しとけよ」
「なんで、寝るときなんですか」
「寝る前には口づけを、と決まっているじゃないか」
と、自分で口にしているカリッドではあるが、内心はめちゃくちゃ焦っていた。寝る前に口づけをして、口づけだけで自分の気持ちが済ませられるのかという不安。
もしかして、その先にまで進んじゃったりして、という淡い期待が無きにしも非ず。
「そんなこと、聞いたことありません」
というモニカの声が、カリッドを現実へと引き戻した。
モニカは唇を尖らせた。目の前には美味しそうな前菜と食前酒。カリッドの許可が出ないと食べられないような気がして、今は餌を目の前にしながらも「待て」を言われている犬のような気分だ。
「まあ、それは後でいい。それよりもモニカ、今、何か言いかけただろ?」
「あ、はい。えと」
何を言おうとしてたんだっけ、とモニカは必死で思い出そうとする。うーん、と眉根を寄せるそんな姿も、カリッドに言わせると「可愛い」になる。もちろんモニカはそれに気付いていない。
「ああ、そうそう。お金です」
「特別報酬は、魔導弓の予定だが。それ以外に現金報酬も欲しいのか?」
「いえ、報酬の方のお金ではありません。その、ドレス代とここの食事代と……」
「言っただろう? これは特別任務だ。だから必要経費として落とされる。君が気にする必要は無い」
「あ、そっか……」
必要経費、という言葉でモニカは安心した。そうだった、これは任務なのだ。
だけど、ときどき任務なのかただのデートなのか、と混乱してしまうのは、カリッドがいつものカリッドらしくないからだろう。
ちなみにカリッドが口にした必要経費であるが、これは騎士団の必要経費として計上されるわけではない。カリッド個人管理の資産から差っ引かれる必要経費だ。接待交際費として計上するのが妥当だろうと思っている。領収書をイアンに預けると、彼がうまいこと処理してくれるはずだ。
「では、いただこうか」
カリッドが食前酒のグラスを手にしたので、やっと「待て」が「オッケー」になった気分になったモニカ。
グラスを一気にくいっと傾けると、程よい刺激が喉元を通り過ぎていった。
カリッドと共にする食事は、そのマナーを監視されているようで、美味しい料理も緊張で味がわからなくなっていた。だが、カリッドはそのマナーについては何も言わない。
合間に少し、他愛もない会話をし、食事を味わう、という程度。
食事を終えると、カリッドは満足そうに頷き「合格だ」と言う。
「君は、そういったマナーを受けてきたのか? ただの平民とは思えないな」
「あ、えと」
モニカは本当のことを言おうかどうか迷っていた。この騎士団に入団したときは、平民枠で入団している。それは父親の意向によるもの。
「まあ、団長もご存知の通り、私はリヴァージュの民ですから。リヴァージュはそういうことには五月蠅いのですよ」
というよりは、彼女の父親が、だ。
「そうか。やはり君に恋人役を頼んだ俺の目に、狂いはなかったようだな」
カリッドは微笑する。
「だが、俺のことを団長と呼んだことは、カウントするからな。六回目だ」
「え?」
なぜかモニカは罠にはめられた気分になった。
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